かささた

デッドゾーンのかささたのネタバレレビュー・内容・結末

デッドゾーン(1983年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

このところのクローネンバーグ熱に浮かされての視聴です。
この映画を最初どこで観たのか覚えていないのですが、日本公開が1987年で1988年には大学の寮の先輩とこの映画の話をしていたのを覚えているのでヴィデオでは無くて劇場まで観に行っていたのでしょう。

僕はこの映画は最初そんなに好きじゃなかったんですよ。というのも何しろ当時のクローネンバーグのキャリアの中では際立って普通の映画だったからです。彼の映画だと言われなければ気づかないくらい普通の映画で、当時僕が欲していた謂わばクローネンバーグ汁みたいなものは殆ど味わえません。この作品がビデオドロームと同じ年に制作されたのが今でも信じられないというか、対照的な映画をわざと作ったのかと思えるくらいです。

しかし時間が経つにつれて、この映画にはそれを監督したのがクローネンバーグである、とこだわるのが失礼に思えるほど良いところがたくさんある事に気づきます。この前も書きましたがあんまり作家性ありきで作品を観たり考えたりするのも良くないですよね。

この映画は予知能力を得てしまった男がいろいろな事件を解決していくうちに、ある上院議員立候補者が核ミサイルのスイッチを押してしまう未来を見てしまう、というストーリーです。話が最後に大きくなって、これこそが真ん中にくる話だとは思うのですが、一方で昏睡している5年間に婚約者が別の男と結婚していた、という物悲しいラブストーリーでもあります。

主人公は何一つ悪いことをしていないのに、突然フラれ男になってしまうのですが、このフラれ男の寂しさ切なさが全編を覆っています。しかも中年になって見直すと有り体の寂しさではなく、身を切るようなリアリティを伴った寂しさなんです。

5年後に目覚めたジョニーを訪ねて来た元婚約者のサラは別の男と結婚してしまった事について謝ったり言い訳めいたことは何も言わないのですが、帰りの車の中で思わず泣いてしまいます。ジョニーが「独身で借金も無かったので消えてしまっても誰も気にしなかった男」を本から引用して、そうなるのが自分の望みだ、と言ったからです。

哀れな自分をさらに憐れんでいるだけでなく、元恋人の加害者意識を刺激しています。ジョニーのこの態度はちょっと甘えっぽくてみっともないのですが、かなりリアルで恋愛やら別れ話やらの現場ではよく見かけるのじゃないでしょうか。クローネンバーグは「ザ・フライ」の中でもこうした痴話げんかのようなリアルなやり取りをスクリーンに投影します。

その後、どうしたことかサラが子供を連れてジョニーをまた訪ねに来た時のエピソードもリアルです。サラは子供を寝かしつけると服を脱いで、その場でジョニーとセックスしてしまうのです。ジョニーがいくら可哀相だからってそんな同情でセックスしますかねジョニーも断れよ、と1987年には思ったものでしたが2023年の僕は、そういう事もあるさと何やらホロリとしました。だってジョニーはこれまで鬱々として引き籠っていたのに、サラと寝た後では饒舌になってウキウキしてるんですよ。サラとサラの子供と自分の父親と一緒にご飯を食べて、なんか本当の家族みたいになっています。しかも父親は自分の不在中にジョニーとサラが何をやっていたのか、うっすら気づいている風なんです。でもジョニーが幸せだからいいかという感じです。別れ際「また会いたい」というジョニーに「それはだめ」とサラは釘を刺します。これは不倫ですらなくてサラは罪悪感からジョニーに情けをかけてやってたんですね。幸福のおこぼれをもらっても嬉しいジョニー。その光景が泣けるくらいリアルで心にしみます。

5年の昏睡から目覚めた時にジョニーが感じたのは自分の人生からの疎外感だったのではないでしょうか。愛している人からの一番ではなくなって、いつの間にやら間男というか浮気相手くらいにまで身をやつしてしまったジョニーです。自分は誰かの人生の中の些細な脇役に過ぎないと思ったかもしれません。泣けます。

ジョニーは大人だからこんな失恋は乗り越えられるさと思っていたら諸事情あって引っ越した先でも偶然サラとその夫の出くわしてしまいます。ジョニーは家庭教師をしていたのですが、サラと夫が帰った後、教え子の前で泣いてしまうんですよ。同情する教え子をそっと抱きしめるジョニー。泣ける。

最後に上院議員の「まだ起こってもいない未来の愚行」を止めるために犯罪者になってしまうジョニー。このための予知能力だったと僕は思いました。この映画における予知能力とはつまり現在という時間から主人公が疎外される為の装置だったと思うんです。彼の行動は誰にも理解されない。でもサラにだけは理解されたくてジョニーは思わず手紙を書いてしまいます。要領を得ない手紙です。

この映画は「核ミサイルの発射を止める」という映画では無いですよね。既にいろんな事柄から疎外されているのに、最後には何もかもを手放す、自ら疎外感の中に入っていく、という話です。独身で消えてしまっても誰も気にしない、そういう人生をリアルなものとして受け入れた男の話です。他人事とは思えません。
かささた

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