この世界観に浸っていたい。
そういう映画は例外なくいい。
フランスの海岸沿いの家に住む少年アントワーヌ。 彼は床屋に行くのが大好きだった。
一人で店をやっている、ふっくらとした美人の夫人の髪に触れる手触りや彼女の匂いにうっとりする時間は彼にとって至福のときだった。
それから10数年後、大人になったアントワーヌ(ジャン・ロシュフォール)は、一軒の床屋で美しい女理髪師マチルド(アンナ・ガリエナ)を見かける。「自分の結婚相手はこの人しかいない」と心に決めたアントワーヌは店に入り、散髪の途中で唐突に求婚の言葉を呟く。 彼女は聞こえなかったようにそれを無視し、彼を外に送り出す。彼女の気持ちを測りかねながらも、アントワーヌは、「強く念じれば必ず願いは叶う」という父の言葉を胸にひたすら念じる。
3週間後、店を訪れたアントワーヌにマチルドは「あなたの言葉に心を動かされました。あなたの妻になります」といった。彼の夢は叶ったのだ。
ささやかな結婚式を挙げ、2人は一緒に暮し始める。
夢が叶ったアントワーヌは彼女以外何も要らなかった…。
ただオシャレなだけの映画じゃなかったです。
心地良い。それはアントワーヌの夢の中にいるかのよう。そう、この映画、ひたすらアントワーヌの「髪結いの亭主になりたい!」という妄想が実現していく爽快感に浸れます。
しかし「そんなに都合よく美人の女理髪師に出会い、結婚できるはずがない」「仕事もせずに女房を眺め続けるだけなんて、人生そんなに甘くない」と沈着なツッコミも一応入れておきましょう。
でもいいんです。ご説ごもっともでも、都合がよかろうが、甘えっぱなしだろうが、映画の中くらい、甘美に浸っていたい。いや、浸るんです。
理髪店というサンクチュアリ。誰にも邪魔はさせない。
あぁ、でもこんな夢心地、いつまでも続くはずはないとふと我に返ってしまうときもある。
それは理想が脆くも崩れていく予兆でもある。
実は悲喜こもごもでもある映画でした。