ボブおじさん

殺人の追憶のボブおじさんのレビュー・感想・評価

殺人の追憶(2003年製作の映画)
4.3
赤い服を着た女が殺された。一人また一人、それは雨の日に起こる連続殺人事件。刑事たちをあざ笑うかの様に、また雨が降る。

2014年全国のイオンシネマにて〝シネパス〟という厳選された48作品を平日午前のスクリーンで定額見放題という企画があり、その中にポン・ジュノ監督の「母なる証明」が含まれていた。

ポン・ジュノの名前は知っていたが、初めて観たその作品の余りの出来の良さに感心した。それからすぐにこの映画をレンタルで視聴したが、今回はそれ以来の再視聴。こちらもなかなかの傑作だ。

ある農村で6年間に女性10人が殺されたという韓国犯罪史上類を見ない未解決事件〝華城(ファソン)連続殺人事件〟という実話に基づき、捜査陣の葛藤や当時の韓国を覆った〝歴史の闇〟を描く社会派サスペンス。

1986年10月、ソウルから南に離れた農村で女性の変死体が見つかる。地元の刑事パク(ソン・ガンホ)が捜査に取り組んだ矢先、近所で別の女性が同じ手口で殺される。

自身の経験と直感だけを頼りに荒っぽい捜査を行うパクは、ソウルから応援に派遣された大卒で理知的な刑事ソ(キム・サンギョン)とコンビを組まされるが、性格真逆な2人は最初から対立する。

誤認逮捕で捜査が振り出しに戻る中、新たな死体が見つかり、パクとソは力を合わせだす。だがそんな彼らをあざ笑うかのように、雨の日の夜、また事件が起きる…

連続猟奇殺人事件を描いたサイコ・ミステリーとしての緊張感の中に、ユーモアとスリルを兼ね備えた、第一級のエンターテインメント映画。その笑いと緊張を凝縮したドロップキックはまさに笑撃😊

刑事たちが犯人逮捕に執念を燃やす中、事件が未解決になった重要な背景である1980年代の〝韓国社会の混乱〟も描かれている。

当時は軍事政権下であり、夜の灯火管制(照明規制)による暗闇が犯罪を増やしていたという。また繰り返されるデモに対する鎮圧のため、警察の犯罪捜査が手薄にもなっていたのだ。

そんな中、捜査方法も性格も対極にある2人の刑事が反目しながらも、殺人犯に一歩でも近づこうと協力体制を築いていく〝バディムービー〟としてのおもしろさもある。一方で刑事という過酷な仕事に、2人は心身共にすり減っていく。猪突猛進な後輩の暴力刑事の末路は、彼らの身代わり地蔵の様だ。

この映画を機に監督の盟友となるソン・ガンホを始めキム・サンギョンそして物語の鍵を握る頭の弱い容疑者を演じたパク・ノシクらキャストも巧演。

後に「パラサイト 半地下の家族」で世界の映画界の頂点に立つポン・ジュノだが、本作で早くもその片鱗が伺えた。

韓国では誰もが知る〝歴史的未解決事件〟という結末のわかっている話をここまでスリリングに見せる脚本と演出は実に見事。そして一度目にしたら、何年経っても忘れられないあのラストシーン。並みの映画監督には到底出来ない芸当だ。




〈以下ネタバレ有りの余談ですが〉




ご存知の方も多いと思いますが、この事件は発覚から30年後、警察と国立科学捜査研究院が過去の事件現場で採取した証拠のDNAを分析し、犯罪者DNAデータベースと照合した結果、別の殺人罪で収監中だった男を割り出しました😲
科学捜査技術の進歩が、遂にこの〝おぞまじい連続殺人事件〟に解決をもたらしたのです😊

エピローグでパク刑事は、結婚して家庭を築いていますが、既に転職して営業の仕事をしています。このシーンは妙に説得力がありました。
あんな事件を経験したら、身体はともかく精神がもたないでしょう。きっと奥さんに説得されて転職したんだと思います。
相棒のソ刑事は今でも刑事を続けているのでしょうか?

この映画は最後、刑事を引退したパクが〝絶対に逃げられないぞ〟とでも言いたげに、スクリーンのこちらを睨みつけて終わります。
ポン・ジュノはこの場面を犯人が見て〝ソン・ガンホの目に怖れの感情を抱く〟ことを望んでいたと言っています。
実際、男は映画を見ていた様で、この場面を見たのかという警察の質問に対し、〝よく覚えている〟と答えて沈黙したそうです。
事件の解決と直接の関係はありませんが、この映画によって〝華城(ファソン)連続殺人事件〟は、韓国国内でいつまでも風化することが無くなりました。
もしかしたら〝ソン・ガンホの目〟を通したポン・ジュノ監督の願いが、間接的に事件の解決に繋がったのかもしれません。

以上、少し長めの余談でした😊