サイレント期の大女優アラ・ナジモヴァ(当時42歳)とルドルフ・ヴァレンティノ(当時26歳)の共演による「椿姫」5度目の映画化。ナジモヴァの「サロメ」(1923)と共に美輪明宏、尾崎翠のオールタイムベスト。
1920年代パリ社交界。椿の花が好きなので”椿姫”と呼ばれている高級遊女マルグリートは伊達男たちの憧れの的だったが、若く純粋な青年アルマンと恋に落ちる。しかしアルマンの父は息子の将来を心配し別れてくれと頼む。。。
70分版を鑑賞。サイレント女優のラスボス的存在であるナジモヴァを遂に観た。毒を感じる個性があり、グレダ・ガルボ版「椿姫」(1937)よりも役にハマっていた。「サンセット大通り」(1950)のグロリア・スワンソンは、本作のナジモヴァをイメージして演じているように思う。美人女優と言うよりも、コメディエンヌな印象が強かった。その場を笑って凌いできた愚かな女を感じさせるからこそ、彼からもらった本(マノン・レスコー)を大切にする純愛に心を打たれる。
対するルドルフ・ヴァレンティノは同年の前作「黙示録の四騎士」(1921)で人気に火が付き、本作でスターの座を確立した。ナジモヴァの毒に対してイノセントな華を感じさせ、人気が沸騰したのも納得。
アール・デコ風なセット美術が素晴らしい。美術監督のナターシャ・ランボヴァはオーブリー・ビアズリーから大きな影響を受けていて本作でもその片鱗が伺える。2年後にナジモヴァと組んだ「サロメ」では衣装ヘアメイク等も手掛けてビアズリーの挿画世界を映画に再現している。本作で出会ったランボヴァとルドルフ・ヴァレンティノは結婚、その周辺にはハリウッド・バビロン的な裏話があるとの事。
1921年の本作が「椿姫」の五度目のリメイクであることには注目しておきたい。”愛する者への報いを求めない自己犠牲”の物語こそ、名作と呼ばれるハリウッド映画に通底する、黄金の定番なのだとわかる。「街の灯」(1931)「ステラ・ダラス」(1937)・・・。
「ナジモヴァは全身の技法で、小さい偏執を許さないほどに観客の全心を包んでしまふ。もし、幕の上で役者に打たれたい観客があったら、彼はただナジモヴァの演技をみていればいい。」尾崎翠『映画慢想』(1930)より
■サイレント期の「椿姫」
1912年 主演サラ・ベルナール
1915年 主演クララ・キンボール・ヤング
1917年 主演セダ・バラ
1920年 主演ポーラ・ネグリ
■アラ・ナジモヴァ
全盛期には週13,000ドルの報酬(当時の大スター、メアリー・ピックフォードが週3,000ドル)と、監督・脚本・主演男優の決定権まで与えられていた。バイセクシュアルであり、サンセット大通りの彼女の館”アラの庭”では堕落したパーティが開かれていると伝えられ、ゴシップの的となっていた。