まぬままおま

気まぐれな唇のまぬままおまのレビュー・感想・評価

気まぐれな唇(2002年製作の映画)
4.0
ホン・サンス監督作品。

男というか人間のどうしようもなさがどうしようもなく描かれている恋愛物語でとても好き。

初期作品に当たる本作は、ホン・サンス監督の代名詞である通称「バカズーム」は確認できない。しかしとりとめのない日常劇が固定カメラで長回しされており、そこで生まれる温度感は間違いなくホン・サンス監督の作品だと思わせる。

売れない俳優・ギョンスと先輩とダンサーの女、彼と教授とその妻。
男二人と女の彼らの物語は、途中で挿入される回転門の話と共振する。

昔々、唐の皇帝・太宗には平陽姫という娘がいた。その姫に恋する男。皇帝は男に怒り殺してしまう。死んだ彼は蛇として生まれ変わる。そして呪うがごとく姫に纏わりつく。苦しむ姫。するとある道士が朝鮮の清平寺に行けという。その通り姫は寺に行くが、ご飯をもらいに行くと言ったきり戻ってこない。蛇は気になり姫を捜しに行こうとする。しかし突如稲妻が走り、夕立が降ってくる。蛇はそれで怖くなって逃げだした。その時、蛇が通った門が回転門というのだ。

蛇とはまさにギョンスだ。ダンサーの女と人妻には皇帝のごとく守る先輩と教授がいるのに、彼女らに恋煩いをしつきまとう。しかし回転門の話のように後世に語り継がれるような劇的な出来事が起こるわけでもない。皇帝は倒されることなく、姫を我が物にすることもできず、蛇は、ギョンスは、雨が降る道を、恋敗れた行路を、引き返すことしかできない。

ギョンスは出演が取りやめになった映画の監督にある言葉を言われる。
「人として生きるのは難しい。でも怪物になってはダメだ。」

人として恋をするのは難しい。恋心は人を狂わせ蛇にしてしまう。蛇はダメだ。そこまでは分かる。

だけど、ホン・サンスは、そのダメさを叱責することもなければ、変わるようにも言ってない。ダメさをダメのまま物語にすること。ならばダメさを懐柔するのがいいのではないかと、気まぐれな唇が言ってみる。

蛇足1
ある娘が車のドアに指を挟むシーンや人妻の母がしきりにギョンスを疑い、二人が出かけることを家族ぐるみでみにいくシーンがあることが面白い。また回転門の話をする船のシーンの前では、一人旅をしている女子大生が登場する。この登場の演出は、ヒロインぽいけれどその後一切彼女が登場しないのも面白い。だが一人旅して湖に行く思い出は人妻に受け継がれる。

蛇足2
ギョンスを人妻に出会わせる電車、回転門の話に生まれる船。自ら運転しない乗り物で偶然の出来事が訪れるのは興味深いし、濱口監督を想起させる。

蛇足3
セックスシーンの撮り方も面白い。正常位で男の尻も撮る上から斜めの画角。