このレビューはネタバレを含みます
猫背の笠智衆と煙草の煙。
序盤から少し見慣れた構図で引き込んでくれる。
前半はずっと笑顔の紀子が、後半に豹変するのが怖いw
いや、自転車漕ぎながら笑顔が崩れないのも、怖いっちゃ怖いんですよ。
でも、沢庵の駄話を繰り広げる様子とか、他愛もなさすぎるんだけどとても好き。
サイクリングの道すがらでコカコーラの看板が出てくるところも、のどかな外国の風景みたいで素敵に思えた。
ただ、戦後すぐの時代であるがゆえ、GHQ薫るこの光景には、今とは違うセンシティブな部分が多分にあっただろうな。
僕とは真逆の想いを浮かべる人も少なくなかったはず。
「後妻を貰うのが不潔」
この価値観を聞いた時に、「不潔まで言う!?」と、ちょっと驚きはしたものの、当時の感覚としてはよくある感覚なのかなと思ってた。
それも後々になって考えてみれば、
紀子は「もしも周吉が後妻をもらったら……」という想像を重ねていたからこそ生まれた嫌悪感だったのだろうと思えてきた。
紀子はこんなにも家を出たがらなかったのは何故なのか。
確かに、親との生活の心地良さや育まれた情は非常に深いものがあったのだろう。
ずっと二人だけで過ごしてきたからこその絆があるのも分かる。
でも、紀子の怒り方は、そういうものとは毛色が違っているんだよね。
能のシーンは本当に凄まじくて、一番印象に残ったと言っても過言ではないのだけど、あの長いシークエンスに感じたものは、
「女としての嫉妬」
これに尽きる。
紀子の周吉に対する想いは「ただの父親」を超えてるように見えた。
最後の京都旅行で、「近くにいさせて」と能顔負けの無表情で迫る紀子は、もはやホラーw
いやー、でも彼女の気持ちを想うと苦しかったし、想いは叶わないと観念して、涙を溜めながら
「すいません、ご心配かけて」
というところは、泣けてきちゃったな。
何度か壺の映像がインサートされるところは、色んな見方があるようですが、僕は子宮のモチーフという考え方がしっくりくる。
「幸せはこれから2人で作り上げていくものなんだよ。
人間生活の歴史の順序というものなんだ。」
という周吉の言葉は、紀子に未来を見つめるように諭すものだったわけですよね。
このまま周吉と一緒にいるのではなく、若い旦那と一緒になることで、未来へのバトンを繋ぐような意味が込められていたんじゃないかな。
終始、周吉は優しかったけど、一世一代の嘘は優しかったなぁ。
再婚するのだと紀子に伝えた時に顔が震えたというか引きつったように見えて、古い映像だから歪んだのかなと思ってたのだけど、嘘をついていたからなんだな……表情に伏線を乗せるとは。。
りんごの皮を剥いて涙する姿はボロボロに泣けた。
そこに紀子の存在を想ったんだろうね。凄い演出だよ。
自分は周吉や紀子と同じ体験をしたことがないにも関わらず、心の芯から理解できてしまう。
小津の普遍性の高さは超人レベルだと改めて分かりますね。
とりあえず、妹の心には金を届ける気はない。