螢

大いなる幻影の螢のレビュー・感想・評価

大いなる幻影(1937年製作の映画)
3.9
すごく、惚れ惚れと観てしまった作品。

現代からしたら、拙いくらいの技巧と緩やかで平坦なつくりの展開なのだけど、戦争を土台としながら、階級、人種、国家、友情、愛情、アイデンティティの帰属先、自尊心といった、複数のテーマが破綻なく、しかも優雅なほどに綺麗に盛り込まれていて、奥深さと同時に、趣さえ感じるすごい作品。

これが今から80年も前につくられていたなんて。改めて、「往年の名作」は手に取る価値があると思わされた一作。

第一次世界大戦下。
フランス人将校のボワデュル大尉とマレシャル中尉の乗る偵察機は迎撃され、ドイツ軍の捕虜となる。
ボワデュルが貴族階級出身で旧知の仲であったこともあり、同じく貴族出身のドイツ軍のラウフェンシュタイン大尉は、彼らを丁重にもてなす。
二人が入った捕虜収容所のフランス人将校部屋には、ユダヤ人の大銀行家の息子であるローゼンタールや、測量士の男など、「将校」という以外は共通点のない、あらゆる階級の男たちがいた。

機械工のマレシャルとしては、部屋の誰とも打ち解けず、いかにも貴族の象徴である白い手袋を身につけ続けるボワデュルのことは面白くない。
とはいえ、脱出のための作戦には、ボワデュルも協力する。

戦争という有事下での、階級や立場、宗教を超えた友情には胸が打たれます。
けれど、それ以上に、最後の最後まで自らの属する世界を捨てられず、そこに殉じたボワデュルの姿には胸が痛む。

自らの命と引き換えにマレシャルとローゼンタールを逃すボワデュル。
彼ら三人の間には同じ境遇にいる同国人としての協調と友情、そして自己犠牲は確かに存在する。
けれど、ボワデュルが真に共鳴し、互いを理解し合っていたのは、敵方であるはずのラウフェンシュタインであるというのは、なんとも皮肉というべきか、むしろ当然というべきか、とても色々なことを考えてしまいます。

ボワデュルとラウフェンシュタインの、自分たちの属する貴族階級の没落と新時代の到来を噛み締める、哀しく自嘲に満ちた会話はとても印象的。

そして、物語は、ボワデュルの死では終わらない。
二人で逃げるマレシャルとローゼンタールの姿が描かれて…。

本作の監督・脚本は、ジャン・ルノワール。印象派を代表する画家ピエール=オーギュスト・ルノワールの次男としても知られていますが、父の芸術の才能を受け継ぎながらも、それだけでない、独自の才能を確かに持っていたと感激せずにはいられません。

フランソワ・トリュフォー、ジャン=リュック・ゴダールといった、数々のフランスを代表する監督や、イタリアのルキノ・ヴィスコンティにも影響を与えたと言われますが、さもありなん、という感じ。
特に、没落する貴族を何度も描いたヴィスコンティなんて、絶対この作品大好きだよね、と思ってしまう。

1937年にこのような作品が撮られていたとは、本当に驚きです。
とはいえ、本作は、第二次世界大戦の前につくられた作品。
本作のDVDパッケージの謳い文句に「戦争がまだ紳士的であった時代の残り香漂う、人間交響楽的な作品」とあるのは、まさにその通りで、この後、戦争はもっと悲惨なものになり、ナチス台頭、ユダヤ人迫害、パリ占領といった凄惨な事件が次々と来るんだよな…とひどく物悲しい思いにもさせられました。

でも、本作は様々なテーマが破綻なく盛り込まれて綺麗な層をなしているし、マレシャルを演じたジャン・ギャバンの存在感もすごいしで、見る価値は十分にある作品でした。
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