蒸気機関車への愛が溢れる映画。ル・アーヴル駅へ劇伴のファンファーレを伴って誇らしげに機関車が滑り込む冒頭5分の素晴らしさに泣いてしまった。ジャン・ギャバン演ずる機関士ジャック・ランチェと彼の相棒ペクーとのバディぶりも堪能できる。
車輪すれすれトンネルすれすれに視点を置いた恐ろしいまでの臨場感、車輌から顔を覗かせる煤だらけのランチェ、口笛とジェスチャーでペクーと意思疎通し二人は澱みなくてきぱきと全身で機関車を操る。機関車は滑らかに光る線路をなぞり、ル・アーヴルの表示を横目に、無人の広々とした駅舎へ滑り込む。ランチェはこの機関車を「リゾン」と名付け、俺はリゾンと結婚していると嘯く。それを無言のうちに表して余りあるシークエンス。
ル・アーヴル駅到着してすぐに客の苦情に対応する駅長ルボーのやりとりも好い。クレーム対応の鑑であり、ランチェとペクーとともに、ルボー自身の仕事への責任と誇りも感じられる。しかし彼は子猫のようなファムファタルの若妻シモーヌ・シモンによって嫉妬の鬼となってしまうのだが。
「リゾン」の不調により思わぬ休暇を得たランチェが故郷でかつての恋人に会うシーンの伸びやかなショットに、ルノワールの映画を観る喜びを感じる。ここでは彼の業病についてとその発作で突然凶暴になるようすが表されるが、それ以上に地面1:空9の素晴らしいショットと、ランチェと恋人が横並びで切り返され、しかし彼らが視線を交わらせることはなく、雲が浮かび風のそよぐ空を見つめたまま言葉を交わすショットに、いたく感動してしまう。この二人のようすがとても官能的。
シモーヌ・シモン演ずるセヴリーヌとランチェとのあいだにおいても、その頬を寄せ合い瞳の辺りにほのかに照明を集めるショットが大変艶めかしく感じる。後半は一気にノワールみを帯びて影と光のサスペンス表現が美しい。憔悴したランチェが暗闇の線路上で照明に当てられながら歩く正面ショットも強く印象に残る。(セヴリーヌと聞くと『毛皮のヴィーナス』のセヴリンを思い出す)シモーヌ・シモンとジャン・ギャバンそれぞれ役者としての魅力も存分に堪能できる。
エミール・ゾラの原作がどの程度反映されているかは読んでないのでわからないけど、ランチェの発作やサスペンスなどが必ずしも上手く機能してると感じられないところはあり、それゆえに他のルノワールの最上位作品と並べられないかもしれない。とはいえラストに再び機関車を疾駆させるようす、すらりとした線路の稜線をなぞるようす、鉄橋を渡るショットやトンネルを抜けるショットも感動的で、物語の展開として必要でもないのに十分に見せているところは本当に好く、ランチェもペクーもいとおしく、やはり蒸気機関車映画として最高だった。
それとランチェとペクーが簡易コンロで料理をしている窓越しのショットも好かった。ランチェは缶詰のイワシを鍋に出し、ペクーは卵を手際よくかき混ぜ、ハムを取ってくれという。卵を小さなフライパンに流し込むところでカットが切り替わってしまうが、出来上がるところまで見たかった。