NM

日の名残りのNMのレビュー・感想・評価

日の名残り(1993年製作の映画)
4.0
冒頭の雰囲気がさっそく高得点。
音楽や演技に行き過ぎた演出はないのになぜかとてもエモーショナル、というバランスが絶妙。やりすぎないぎりぎりのラインでファンタジーな雰囲気が感じられ、この世のどこかにはこういう世界観も存在しているのではと思わせる。

戦後イギリス。
スティーブンスは屋敷を取り仕切る執事長。
屋敷には大勢が仕えているがそれでも人手不足。
20年前に結婚退職した優秀なメイドを呼び戻すべく、休暇を利用して会いに行く。途中、彼は彼女のいた日々を振り返る……。

はじめは生意気な新人だったミス・ケントンがやがて彼の右腕へと成長していく。彼女を認めるようになるにつれ関係性に変化が現れるが、自由な恋愛のできるような職場ではない。二人の抑えた感情。隠したなかで深まっていくそれぞれの思いが苦しい。

ユダヤ人メイドを解雇する件で、結局彼女が折れたシーンが印象的だった。しかもそれを自身で認め、誰も責めないが自分を恥じ耐え難い思いでいる。しかし現実と折り合いを付けねばならない。共感して欲しい相手は心情を隠したので、一人で葛藤した。
色んな人物が仕事で悩んで選択していく。組織で働く人には何かしら共感できるところがあるはず。

二人は何度も何度もすれ違った。
彼も仕事に徹しているとはいえ感情のある人間。そのことは父の一件でも示されてあった。彼女も観客もそれを段々とそれを見出しやがて確信に変わる。
彼女と出会っていなければそのままもっと仕事人間になって人生を終えていたかも知れない。

いよいよ結婚退職かという時期になるともうお互いの気持ちは明らか。
しかし二人ともずっと職場恋愛は良くないという立場を取ってきた。彼は仕事第一。長年培ったキャリアを揺らがせるには多大な勇気が要る。
彼からどうしても言葉を引き出したい彼女。しかし彼にはどうしてもそれができない。彼女の幸せを願うなら自分より適した男性がいるのだと思っている、または思おうとしている。
ずっとすれ違い続けてきて、ついに完全に道を別にする。

ついに二人が再会するのはラストぎりぎり。
30歳から20年経ったようだが彼女はより綺麗になっている。しかし望むような結末にはならない。
すれ違った過去を簡単には変えられない。彼の表情は今までで一番ショックそうで呆然としている。ずっとすれ違いを後悔してきたのにまたしてもそれを味わうことになり、今回はもう二度と会えないだろうという確信付き。
もっと違う出会いかたをしていたら。あの時別の行動を取っていたら。考えてもしかたないこと……。

鳩のシーンが一番好み。どういうわけかここで感情が爆発する。
主人に過去の記憶を聞かれてとぼけるスティーブンス。昔客に政治のことをしつこく聞かれても決して答えなかったシーンが思い出される。仕事に身を捧げた一人の男の物語。

政局や社会情勢が運命に大きく関与したはずだが映画内ではさほど深く触れないので、それに興味がない人でも問題なく観れるはず。
あとは恐らく、年配の人ほど心に響く作品だろう。
NM

NM