真一

人間の條件 第1部純愛篇/第2部激怒篇の真一のレビュー・感想・評価

4.7
私たちが生まれる以前、
軍国主義日本は中国を
武力で威嚇し、
さまざまな経済権益を
手に入れました。
その象徴が、
日本の国策企業による
炭鉱経営です。

中国各地の炭鉱では、
支配階級にいる
少数の日本人が、
かき集めた中国人労働者や
捕虜たちを奴隷のごとく
酷使し、ばく大な利益を
上げていました。
「人間の條件」第1部と
第2部は、国策企業「満鉄」
(まんてつ、南満州鉄道
株式会社)に務める
日本人社員が、炭鉱現場で
中国人を搾取し虐待する
「日本」というシステムと、
人間らしい扱いを求める
中国人捕虜との間で
板挟みになる物語です。

現代日本の保守政権によって
歴史から消されそうに
なっている「あの時代」が
スマホの画面上に、
リアルに蘇ります。
感動の超大作です。
 
だだっ広い大陸の荒野。
満鉄の下で酷使されている
大勢の中国人捕虜が、
おびえた表情で
一点を見つめています。
視線の先では「逃亡罪」の
濡れ衣を着せられた
捕虜7人が、泣きながら
命乞いをしています。
その横に立つ憲兵は、
日本刀を鞘から抜き、
首をはねる用意を
しています。

あなたは、この泣く子も
黙る鬼の憲兵に、
処刑の立ち会いを
命じられた満鉄社員です。

あなたは正義と良心に
基づき、自らの命も
省みずに処刑中止を
叫びますか。

それとも
自分の命を引き換えに
することはできない
と考え、黙って
見守りますか。

本作品は、
こんな厳しい場面に
立たされた主人公の
梶(かじ)の葛藤と決断を
生々しく描いています。

※以下、ネタバレを含みます。

あなたなら、どうしますか。

私(真一)なら、
見て見ぬふりをします。

鬼の憲兵に「中止しろ」
などと訴えれば、
ひどい拷問を受け、
会社もクビになるからです。

拷問部屋で、
惨殺される可能性もあります。
生爪をペンチではがされ、
やかんの水を鼻から
大量に注ぎ込まれるなんて、
考えただけでも
気が遠くなりそうです。

そして、私の正義感は
そうした仕打ちを受けても
貫けるほどの強靱さを
持ち合わせていません。

処刑現場ではきっと、
全身をこわばらせ、
呆然と突っ立っている
だけでしょう。

憲兵隊員から
「おい、見事な切れ味だろう」
などと言われたら、
愛想笑いを浮かべて
「そうっすね。ハハ」
と相鎚を打つかもしれません。
 
ところが、仲代達矢が
扮する主人公の梶(かじ)は
違います。
エリート社員として
将来が保証されており、
自宅には新婚ほやほやの
奥様(新珠三千代)が
待っているにもかかわらず、
梶は大声で処刑中止を
求めました。

捕虜3人が切り捨てられた
ところで、罪の意識が
限界に達したのです。
梶の正義感と勇気は、
処刑を傍観していた
中国人捕虜たちの心を
突き動かします。

広がる「殺すな」の大合唱。
怖じ気づいた憲兵隊は、
ついに残る4人の処刑を
中止します。

だが梶は連行され、
凄惨な拷問を受ける
ことになります。
そして、
職務上免除されていた
はずの召集令状(赤紙)が
梶に送りつけられます。
梶は、地獄への坂道を
転げ始めるのです。

あの場面で
憲兵に「殺すな」と
叫ぶことについて、
梶は人間としての
最低限の条件だと
判断したのだと思います。

「もし叫ばなければ、
もはや自分は人間でない。
エリート社であろうと、
美しい妻がいようと、
もはや関係ない。
生きる意味が
なくなってしまう」と。

梶は「人間の条件」に、
極めて高いハードルを
設定していたのでした。
勇気も意気地もない
私からみると、
梶の正義感と良心は
まぶしいばかりです。
自己嫌悪を感じます。

本作品には
「人間の条件」を巡る
しびれるような論争場面が
描かれています。

上司の炭鉱所長が、
梶に話しかけるシーンです。

【所長】檻の中の人間は何を一番考えるかね。
【梶 】自由でしょう。
【所長】自由か…。君は詩人だな(笑)。男なら女だよ。女なら、男だよ。人間を檻の中に入れて働かせるためには、生理的要求を七分目ほど満たしてやることだ。
【梶 】しかし…女(を抱かせるというやり口)は。
【所長】君は慰安所の親方だ。女を(檻の)中へ連れて行くのさ。
【梶 】どうしても、そうしなければいけませんか。

この場面に続き、
セクシーなドレスを
着た慰安婦たちが、
労働者の収容所に
現れます。
とたんに嫌らしい笑みを
浮かべ、興奮し始める
労働者たち。
ここで所長は
決めゼリフを発します。

【所長】「人間とは何なりや」だよ。詩でも道徳でもないよ。吸収と排泄の卑俗な欲望の塊に過ぎんのだ。

「人間の条件」とは
何なのでしょうか。
人間は、獣と
どこが違うのでしょうか。
永遠に尽きない問いですが、
みなさんと共に、
考え続けたいと思います。
そして、私のような
勇気のない人間でも
声を上げられるような
日本社会で
あり続けられるよう、
民主主義を脅かす
さまざまな言説に注意し、
警鐘を鳴らしたいと
考えています。

本作品は、
今を生きる私たちに、
そんな思いを抱かせる
最高傑作の一つです。
真一

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