権威主義や軍国主義への徹底的な批判、そしてヒューマニズムの謳歌に満ちた傑作です。
とりあえず本作を観終わった後に、「人間の条件」とは果たして何だろうかと考えたのですが、それは「考えること」だと思い至りました。梶の勤めた鉱山は、絶えず思考が試練に晒される場所でした。国のため、増産のため、戦時中だからというもっともらしいお題目に思考停止で従えば従うほど出世する。反対に、工人たちのことを考えると、殴られ、鞭打たれる。少しでも反抗や人道を考える素振りを見せると、食糧や金、女をちらつかされて、物欲や肉欲の渦に思考を沈めさせられる。そこは、いかに思考を停止し、放棄できるかが要求される場であり、その中で考えることを貫くのは至難の業でした。梶の妻でさえ思考停止に身を委ねようとし、遂には梶もその妻の横で眠りにつきます。これが、梶が思考を投げ出そうとした象徴的場面だったと思います。しかし、結局梶は最後まで良心とヒューマニズムを貫徹し、懲罰的に戦地に送られました。ですが、そうして考えることを貫いたお陰で、特殊工人の一部は本来あり得なかった命と自由を勝ち得ました。戦時中にそんな能天気な結末があり得るのかと思わないでもないですが、そんな変な現実志向に阿るより、ヒューマニズムの勝利を高らかに掲げたのは、まさに掉尾の勇というのに相応しいです。
また、終始全体主義や軍国主義が醜いものとして描かれていたのも素晴らしかったです。旧日本軍は限られた物的ないし人的資源で出来るだけコストを抑えて増産を目指したため、あのような過酷な環境で熾烈な体罰を繰り返すことで工人一人当たりの労働力を搾り出そうとしたわけですが、この思考法は、現代の新自由主義を標榜する姑息なエスタブリッシュメント層と、それに加担する現在の日本政府にも共通しています。雇用の流動化を狙った2000年代の労働者派遣法の改正により多くの非正規雇用が生み出された流れは、企業の奴隷的搾取に捕虜を提供した旧日本軍とまさに一致します。労働者を長時間労働に従事させられるようにするために設けられた高度プロフェッショナル制度も、自らの都合で人を搾取しようとする企業への政府の加担です。全体の利益のための個人の軽視というのは、戦前から受け継がれる日本社会の悪癖なのだと改めて気付かされました(これはおそらく日本以外のあらゆる社会もそうなのでしょうが、だからといって日本もそうであっていいということにはならないというのは、作中で梶も言っていたこと)。
しかし、個人を尊重する(それも中国を侵略して現地の人を捕虜に獲った旧日本軍の中ではということだが)ことがかえって増産に繋がるというのは、作中でも描かれていました。無論すべてがそうなるという訳ではないでしょうが、人を脅せば限界を超えて労働力を引き出せるという精神論よりは、人に十分な福利厚生を与えて労働に向き合ってもらうという論の方が現実的であるというのは、火を見るよりも明らかです。それは措くとしても、作中では梶式のやり方が増産に繋がったということになっていましたが、それでも工人を虐待するやり方は改められませんでした。私はこれが凄いリアルで、かつ徹底的な全体主義及び軍国主義の批判という本作の精神が現れていると思いました。なぜなら、そう描くことで、日本人による中国人の虐待が、増産や愛国心のためではなく、その衣を着せた嗜虐心の発露であることを明らかにしていたからです。増産という目標に対して合理性がないと判明した手段である虐待がなお行われる動機は、それが楽しいからという以外あり得ません。実際、憲兵は中国人の首を斬るのを笑みを浮かべて楽しみにしていましたし、梶を拷問していたのも心底愉快そうでした。日本人による中国人の虐待を一切の理のないものとして描いていたのが、本当に良かったです。
と、ここまで梶を立派なヒューマニストのように書いてきましたが、そんな梶も、少し油断すれば所長たちや憲兵のようになってしまう危うさを秘めた俗な人間でした。それは、第一部冒頭の情熱的な美千子との恋愛でも明らかですし、自分の意に沿わない動きをした中国人に高圧的になっていたのにも現れています。冒頭で述べた「考えること」が人間の条件ともいえるほど尊いのは、それをしない状態が一般的な人間であり、私たちが考えることを放棄させようとする圧力が激しい社会に存在しているからです。おそらく、梶も素朴な差別観や虚栄心を持ち合わせた普通の人間ですが、それでも最後まで考えることを貫き通してみせました。その姿に私は希望を覚えましたし、私も考えることをやめてはならないと改めて思わされました。
そして、台詞が鮮烈で痺れました。
「暴力に意味があるのは、抑圧されている者が支配を覆す時だけだ!」
「俺とお前たち人間の間には、もう真実なんてないと分かったから」
「決定的な瞬間に犯す誤謬は、決して許されることのない犯罪になる」
「君は高い料金を払ったが、とうとうヒューマニストの専用車に乗り込んだよ」
思わずメモ帳に書き写しちゃいました。台詞が良い映画はきっと良い映画。