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パパラッツィのnetfilmsのレビュー・感想・評価

パパラッツィ(1963年製作の映画)
3.7
 1963年5月17日夕方5時頃、撮影隊はイタリアにあるカプリ島に到着する。ナポリでカプリ行きの船に乗り南へ約30km、断崖絶壁に囲まれたカプリ島ではジャン=リュック・ゴダールによる『軽蔑』の撮影が行われていた。女優カミーユ(ブリジット・バルドー)と脚本家のポール・ジャヴァル(ミシェル・ピッコリ)の夫婦がフリッツ・ラングと撮影現場でことごとく意見が食い違い、夜は映画プロデューサーのジェレミー・プロコシュ(ジャック・パランス)の別荘に泊まった中盤の核となる場面は、フランスから遠く離れたこの地で撮影された。一説には小説家クルツィオ・マラパルテ所有の別荘だったという。ゴツゴツとした岩山のある断崖絶壁へは海から入る。陸路は一箇所しかなく、ゴダールはカラビニエの将校に賄賂を送り、撮影中の野次馬の侵入を一切遮断している。若き日のジャン=リュック・ゴダール、ラウール・クタール、ジャック・パランス、ミシェル・ピッコリ、ジョルジア・モルの姿も感動的だが、好奇の目は彼らを素通りし、ただひたすら1人の女に注がれる。彼女こそはブリジット・バルドー、通称べべ(BB)。ブロンドの髪を振り乱しながら、強い日差しから目を守るようにサングラスをかけた女は、ゴダール達よりも一歩遅れて、現場に入る。元夫バディムの『素直な悪女』で一躍ヨーロッパ中のセックス・シンボルとなった彼女はルイ・マルの『私生活』でヌーヴェルヴァーグ世代の映画への出演を果たすと、時代の寵児だったジャン=リュック・ゴダールから遂に声がかかる。

 映画はまさに絶頂期のブリジット・バルドーを被写体とする。聡明な顔立ちとグラマラスなボディ、ブロンドの髪はイタリア人男性にとっては、エッフェル塔や凱旋門よりも興味を惹きつけてやまない。彼女の行くところには常に「パパラッツィ」(Paparazzi)が金魚のフンのように付いて回る。どこから断崖絶壁によじ登ったのかは定かではないが、ゴツゴツした岩山からは大砲のように無数の望遠レンズが伸びる。べべのビキニ写真、少しでもアップで撮れれば御の字で、愛犬と触れ合う場面が撮れればなお良い。だが彼らが50m以上接近することは許されない。背景に観光客が入っただけで激昂する若き日のジャン=リュック・ゴダールの姿。現場で集中力を切らすのを最も嫌い、スター女優だったブリジット・バルドーを起用したことから生まれる功と罪。やがて我慢の限界に達したジャン=リュック・ゴダールはカラビニエの将校を通訳にして、「パパラッツィ」たちとの直接交渉を試みる。べべが表紙を飾ったファッション誌の苛烈なモンタージュ。BBの文字は白黒に点滅しながら、サブリミナル効果のようなショッキングな映像で畳み掛ける。映画はラウール・クタールのカメラだけがブリジット・バルドーの姿を独占しながらも、当時ジャン=リュック・ゴダールと良好な関係を築いていたジャック・ロジエとモーリス・ペリモンのカメラもフレームの邪魔にならない程度に、ブリジット・バルドーの艶かしい姿を撮影することが許されている。

 だがジャック・ロジエのカメラはブリジット・バルドーの美しさを至近距離からほとんど撮っていない。真に魅力的なショットは、ブリジット・バルドーがロジエのカメラに気付き、静かに微笑みを浮かべた1ショットだけである。それ以外のショットは、彼女のビキニ姿のプリケツを申し訳なさそうにロング・ショットで映す。ジャック・ロジエの被写体との距離はラウール・クタールほど贅沢ではなく、どちらかと言えば「パパラッツィ」の距離の方に近い。ロジエが大スターであるブリジット・バルドーに意図的に求めたのは、彼女がブロンドの髪を振り乱しながら、振り返る僅か1ショットのみであるが、その数秒のショットをロジエは「パパラッツィ」のアップで彼女の美貌を撮りたいという欲求に近付けるために、わざわざ同じショットを3回効果的に繋ぐ。その素晴らしく才気溢れる編集は、「パパラッツィ」の欲望とセックス・シンボルだったブリジット・バルドーとの絶望的な距離感を混濁させ、あたかも大女優の姿を男達の羨望の眼差しと共に大胆に据える。ショッキングな編集はフィルムに官能的な雰囲気さえ漂わせる。今作は現代では「パパラッチ」と呼ばれるカメラマンたちの語源となった「パパラッツィ」(Paparazzi)たちの姿を世界で初めて据えた記念碑的作品であり、被写体を監視し、盗撮することを大胆に風刺した一品に他ならない。ドキュメンタリー作品は常に被写体との距離が試される。ジャック・ロジエはブリジット・バルドーと「パパラッツィ」たちの思いの間で板挟みに遭いながら、あたかも正しいポジションからブリジット・バルドーを眺めている。
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