イルーナ

パンズ・ラビリンスのイルーナのレビュー・感想・評価

パンズ・ラビリンス(2006年製作の映画)
4.8
大学時代、スペインの現代史について勉強していた頃に観た作品。
時代背景が背景だけに覚悟して観ただけでなく、冒頭でオチがバラされているにも関わらず、あまりの重さに打ちのめされたのを覚えています。
どこにも逃げ場がない状況で、常に死が隣り合わせ……
「そんなに苦しいのなら子供なんか産みたくない」という言葉や、お腹の中の弟に語りかける言葉といい、重い。
今回は日本での最終上映ということで行ってきました。劇場で観るのは初めてでしたので。

恐怖と暴力が支配する内戦後のスペイン。
閉ざされた世界の中で少女オフェリア(名前からしてもう不吉というか幸薄すぎる……)は地底の王国の姫君であることを告げられるが、それを証明するためには3つの試練を受けなければならなかった……
おとぎ話の中にリアルの戦争が絡んでおり、残酷シーンはあまりにもリアルで痛々しい。
顔をナイフでメッタ刺しにして殺したり、妖精を頭からバリバリ貪り食って『我が子を食らうサトゥルヌス』のようなペイルマン、腐敗した脚をノコギリで切断したり、ナイフで切り裂かれた口を縫ったり、頬を撃ち抜かれて目がジワジワ充血していったり……
もうその作りこみやこだわりが凄すぎて思わずのけぞってしまう。
精霊や妖怪のデザインも圧倒的ですよね。キリスト教世界を侵食する、太古の存在たちって感じで。
ペイルマンのインパクトが強烈だけど、ナナフシの姿から変形する妖精は一切可愛さがなく虫そのもの。
迷宮の番人パンは王女の従者のはずなのに、悪魔の意匠も入っているだけにどこか胡散臭い。メルセデスも気をつけろと言ってたくらいだし。
登場するごとに見た目が少しずつきれいになっていくが、それと引き換えに言動が高圧的になっていく。見かけにとらわれないオフェリアの心を試すためだとか。
あと、パンとペイルマンは同一人物らしい……マジか?!

徹底した作りこみ故に、今観直して気づくことも多い、
オフェリアが大尉と初対面で左手で握手してたことに気づいたけど、その意味は「敵意」。
ハナから権威に抵抗していたことが分かるようになっている。
第一の試練は鍵を、第二の試練は短剣を取って来るものだったけど、二つとも現実世界では理解者だったメルセデス絡みのアイテム。
また、第一の試練の前にオフェリアが着ていた服は、『不思議の国のアリス』の服の色を緑にしたものになっている。
本当に色以外アリスそのまんまだったのでビックリしました。
美術面では、明るい場面の透明感があって温かみのある光と青みがかった闇が印象的。
このために、絵本のようにも絵画のようにも見える独特の世界が生まれている。

そして本作でよく言われるのは、「結局、おとぎの国は実在したのか、それとも空想でしかなかったのか?」
確かにあちこちにオフェリアの妄想だったのでは?と取れる場面があるけど、同時にファンタジー的な存在もいるはずと感じさせる絶妙な塩梅。
最後の試練の時は魔法のチョークがなければ脱出できなかったはずだけど、それを使用する場面は描かれてない、という具合に。
しかし、実在したか空想だったかの疑問なんて、オフェリアにとっては野暮なものでしょう。
本作は鬱映画、後味の悪い映画の常連であり、あまりにも救いがなさすぎるという声が大きいですが、個人的には「本当にそれだけ……?」と思ってます。
彼女は彼女なりに残酷な現実と戦った。そしてどちらにせよ魂は確かに救われた。
つまりこれ、ファンタジーの存在意義を描いた作品なんですよ。たとえ現実がどんなに残酷でも、ファンタジーという形で心の支えがあるから立ち向かえる、的な……
まあ確かに、結局現実世界のどこにも救いがなくて、非現実の世界に永久に旅立つ以外に救われる道がなかった訳だから、そりゃモヤモヤするのも当然なのですが。
この辺、欧米だとどうなんだろう?見ようによっては空想に逃避する結末だから、日本では受け入れにくいものがあるのか……?
しかし、色々と議論したくなる映画なのもまた事実です。
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