20世紀後半のネオ・ラッダイト運動(機械うちこわし運動)と本作には、何かしらの関係があるのではないかと愚考します。当時の人は、未知の機械に対する根源的な恐怖を現代人以上に抱いていたのかもしれません。『チェンソーマン』で例えるなら、ターミネーターはまさしく機械の悪魔と呼ぶに相応しい。そんなターミネーターの倒し方を知ってか知らずか、未来からリースがやって来るのにも何かおかしみを感じてしまいます。策の一つや二つ用意してから助けに来てもらいたいものですが、彼は死ぬ運命ですしジョンもその辺は気を利かせてターミネーターに殺される算段をつけて行かせたのですから仕方のないこととして了解します。また、サラ・コナーがリースと結ばれた途端、リースを八面六臂に守る強い姿に、真のフェミニストを見ました。男と戦うのではなく、男を守ってこそのフェミニストというのは些か時代を先取り過ぎですが。。。