浦切三語

クロノスの浦切三語のネタバレレビュー・内容・結末

クロノス(1992年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

よく、小説にしろ漫画にしろ映画にしろ「一作目にその作家の全てが詰め込まれている」なんて言い方をしますが、ここまで分かり易いほど詰め込んでいるとは。意味深な伝承、おぞましいクリーチャー、いたいけな少女、昆虫、フリークス、ファンタジーという枠を借りて現実の虚しさや寂しさや孤独を、そっと寄り添うように語る映画の語り口……ナイーヴなオタクが天才的な映像作家としての資質を備えるとこうなりますよというお手本みたいな人ですよねデルトロって。そういう意味ではシザーハンズを撮ったティム・バートンに近い作家性があると思います。

お話の筋についてですが、自分はそんなに悪くないなと感じたというかむしろ好き。吸血鬼モノのファンタジーだとそれこそ後年に手掛けた「ブレイド2」がありますけど、ああいう感じじゃ全然なくて(笑)。やっぱりあの手の映画ってデルトロのオタク趣味「だけ」が駄々洩れ状態になってる映画だなと思うんですよね。パシリムもそうですけど(そういうオタク趣味全開な映画ももちろん大好きですが)……でも、そういうオタクの「ワガママ」な部分だけしかないのかというとそうじゃなくて、やっぱりこの人って根は凄く上品で知的で繊細なんだろーなってのが画面の端々から匂ってくる。シェイプ・オブ・ウォーターしかり、パンズ・ラビリンスしかり、デビルズ・バックボーンしかり。そしてこのクロノスにも、それを感じましたねー。吸血鬼と化したヘズス(英語綴りからして「キリスト」そのもの)の周りを守護天使のようにうろちょろしているのがアウロラ(ギリシャ神話における「暁の女神・アヴローラ」)っていうのも、宗教的にみて結構攻めてる設定です。そして、ラストシーンが宗教画に近い構図のロングショットで「誰かの死を看取る」場面で静かに終わることからも分かるように、徹底して「フリークスの孤独」「死を超越しても拭いきれない空虚さ」に苛まれた「人外」に、そっと寄り添うような描き方をするので、やっぱり上品な人なんだなと思う。

というか、機械式昆虫クロノスの造形がめちゃくちゃたまらん。人間を吸血鬼化させる仕組みや機構はジョジョに出てくる石仮面にかなり近いですが、無機的な物の中に有機的なグロテスク昆虫が封印されているというあの描写にゾクゾクします。無機と有機の融合。それ自体が一つの生命体としてあるってところに隠しきれない偏執的オタク臭を嗅ぎ取ってしまってもうたまらん!私ああいうの大好きです!どっかにフィギュア売ってないかな。それこそAmazonで検索したら石仮面が3,000円で売られている時代なんですから、クロノスだって売られていてもいいと思うんですが。

時を司るギリシャ神話の神「クロノス」の名を冠した古の呪物。それと血の契約を交わすことで永遠の命を得られるという設定のようですが、実際どうなんでしょうね。私はヘズスが永遠の命を与えらえているようには、どーしても見えませんでした。あの本の中身だって、結局どういうことが書いてあるのか分からずじまいだったし、永遠の命なんて嘘なんじゃないのか。私には、ヘズスが自分の血(いわば「人間としての時間」)を差し出す代わりに「人外として生きる時間」を貰っているだけのようにしかみえなくて、それって全然永遠の命でもなんでもないっすよね。

自身の血をクロノスに提供する代わりにもたらされるのが、快楽、再生能力、若返り、といたせりつくせりなのは、たしかにそこだけ切り取ると羨ましい。でも、神と人間が契約を結んだ時点で、「負い目」という部分を勘定に入れると、立場的に不利なのはどう見ても人間ですよね。つまりヘズスはクロノスの力にあやかっているのではなくて、まんまとクロノスに利用させられている。怒りのデス・ロードじゃないですが、ヘズスはクロノスの輸血袋として生きる呪縛を架せられてしまったわけで……イエスが十字架に架せられてしまったのと比較すると全く救いようのない「生き地獄」そのものじゃないかと思うんですよね。そういう印象は、イエスが(キリスト教における)神に祝福されし「神の子」であるのに対し、死から蘇ったヘズスが神の忌み嫌う「人外」として覚醒してしまったことでますます強固なものになるんですが、そんな人外のヘズスに守護天使のように寄り添うアウロラの存在が、一服の清涼剤となっていて、いいアイデアだなーと感じました。
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