KAJI77

ディパーテッドのKAJI77のレビュー・感想・評価

ディパーテッド(2006年製作の映画)
4.0
2020/12/30

「牡丹雪」というらしい。

まるで積もることの無い、あのふわふわした雪の名前は。


大阪に越して来てもうすぐ2年が経つが、ここまでしっかりと雪に塗れたのは初めてのことで、コートが白く疎らに点滅し、すれ違う車のワイパーが無愛想に手を振ってくる。
そんな珍しさに少し胸を浮かされて、自転車のギア・チェンジャーにかけた左手は気が付かないうちに僕よりも前へと進んでいく。

年内最後のバイトを終えて、すっかり見飽きたはずの見慣れない帰路で小さく息を吐きながら、雨と夢との間をすり抜けるように、僕はスラスラと走っていた。

冷え切った指はまるで他人事のようにそっぽをむいて僕のことを決して見つめ返してはくれないが、熱にぼやける首筋は冬の暖かみを心臓に向けて優しく伝えてくれる。
そんな冬の美しいイメージが、ひんやり冷えた恋人の細いうなじの、ピントの合わないあの写像となんとなく重なって、どこか不思議なグラデーションを織り成すようなその感覚が僕はたまらなく好きなのだ。

もう、すっかり景色は冬になっていた。

今年は外に出なかったからか特別意識していなかったが、エアコンの風にゆらめく"2020年"は安らぎを求めて壁の上で眠りにつこうとしている。
ヒラヒラと淋しそうに崩れ落ちるカレンダーの端に染み付いた時間の香りが、もはや取り返しがつかないほど部屋の中に広がってしまって、不器用な懐かしさでもって僕の伸び切った髪の毛をクシャクシャと撫でてくくる。
ほうじ茶を煎れて一息つきながら空きっぱなしだったカーテンの向こうへ目を向けると、闇を飲み込む広い窓には、ぼんやりと映画館の小さなスクリーンが見え隠れしていた。

一通り体を温め終えて、僕はなんだか外に出たくなった。
この白い偶然が去ってしまう、その前にもう一度だけ。

雪でびしょ濡れになったマフラーをハンガーにそっとかけて、遠いベランダから舞い散るそれらをボーッと見つめてみると、彼女たちは前髪の先にパラパラとあざとく絡みついてきたりして、言葉にしがたい愛おしさを感じる。
黒々とした硬い壁はまばゆく塗り替えられて、墨絵のように丁寧に描かれた階下のアスファルトには、この社会に不似合いなやるせない真心が満ち満ちている。

明日の朝にも残っているだろうかと一瞬考えたが、不意に冷静になって残りはしないだろうと思った。
なぜだかそうなることを僕らは知っている。
なぜそうなのかを数分考えてみたけれど、結局それらしい理由は全然わからなかった。(本心では分かろうともしなかったのかもしれない)

でも、何もかもを埋めつくしたとしても、それをそのままに残すことなんて、きっとできないのだろう。
そういう確信が、なぜだかある。
僕らの中から零れ落ちた無用の優しさが風に吹かれて雲になっていくかのように、この雪だって明日にはどこか彼方の川に交じるに違いないのだ。

ここから一番遠いところにある、名前も知らないあの川に。



牡丹雪は、或いは今年の僕らだったのかもしれない。



玄関で眠る柔らかい雫たちが、このまま永遠に乾かなかったら良いのにな。


そう夢見ている内に、また夜は『死者』になったのだった。

【p.s.】
年内最後の私的プッシュナンバーは、小沢健二『彗星』☄💫⭐️🌟🌌

皆様良いお年を。😌
KAJI77

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