SANKOU

男はつらいよ 寅次郎心の旅路のSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

3.5

このレビューはネタバレを含みます

「悩みがないのは寅だけか」

社会のレールの上を行く者と、そのレールから外れた者。
そのどちらが本当に幸福なのかは分からない。
人は幸福にすぐ慣れてしまう生き物だ。
本当は仕事があって、家族があって、食べ物と寝床があるだけでも幸福なのに、人の悩みは尽きることがない。

社会のレールの上で生きている自分たちだって大変なのに、あいつは楽そうでいいよな。

そんな感じでいつしか社会のレールから外れた者に対して不寛容な社会が出来上がっていく。
そんなレールから外れた者の代表の寅さんに、どこか憧れを抱く満男。
しかしさくらは「伯父さんは社会から否定されたのよ」と厳しい一言を放つ。

寅さんにだってもちろん悩みはあるし、不安だってある。
それでもそんな悩みや不安を吹き飛ばすように、彼は孤独と闘いながら今日も飄々と生きていく。

社会のレールの上であくせく働いた挙げ句に精神を壊し、自殺未遂をしてしまう坂口の存在が何とも象徴的である。
そしてそんな坂口に、寅さんは親身に寄り添おうとする。
何も寅さんが親切にする相手は美女だけとは限らないのだ。
やはり寅さんはお節介だが、人一倍優しい男でもあるのだ。
そして坂口に懐かれた寅さんはついに海を渡り、ウィーンを旅することになる。

もちろん寅さんに芸術の都の良さが分かるわけがない。
今回、久しぶりに寅さんが分かりやすく惚れる瞬間を見たような気がした。
彼は観光客相手のガイドを勤める久美子に一目惚れする。
寅さんのこの手の一目惚れは絶対に空回りに終わるのだが、寅さんも人生経験を積んでより人の心に寄り添う術を身に着けたのだろう。
実は久美子もまた会社も恋人も家族も捨てて、社会のレールを抜け出した者の一人だったのだ。

ドナウ川を見ながら「どこの川の流れも同じだなあ。流れ流れてどこかの海に注ぐんだろう?」呟く寅さん。
ウィーンにいながら何故か柴又と地続きだといつも勘違いしてしまう寅さん。
そんな寅さんの姿を見て、いつしか久美子は日本に帰りたいという想いにとらわれる。

一方、坂口はウィーンを満喫し、社交場で出会った美女にも恋をする。
久美子とは反対に彼はこのままウィーンに残るのかと思ったが、尺の都合もあるのか、彼はあっさりと日本に帰ることを決める。

そして空港で寅さんが盛大にフラレるシーン。
久美子を引き止めるために彼女の恋人ヘイマンが現れるシーンはあまりに出来過ぎでもあるが、二人がキスを交わす姿を呆然と見守る寅さんの姿が忘れられない。
そんなに久美子に惹かれていたなら、もっとはっきり態度に表せばいいのに。
やはり寅さんの頭の中は分からない。
そして女心はやっぱり複雑だ。

日本に戻った寅さんはオーストリアとオーストラリアの区別もつかないまま、今日も商いの旅に出る。

次作以降、徐々に物語の中心は寅さんから満男へと移っていく。
実質、寅さんの活躍が見られるのは今作が最後なのだろうか。
竹下景子は三度目のマドンナとしての登場だが、今作が一番綺麗だった。
そして『知床慕情』以来のマダム役の淡路恵子も印象的な役割だった。
SANKOU

SANKOU