三種の神器が普及し始めた昭和30年代、とあるサラリーマン家庭にテレビがやってくるまでの悲喜交々、というのが大筋。
笠智衆や杉村春子の立ち位置はいつも通りだし、観客が密かに期待する佐田啓二と久我美子の淡い関係も大した進展を見せない。
それなのにこの面白さはなんだろう。
オープンセットが上手く機能しているのだろうか。長屋風の新興住宅地、という舞台設定にも拘わらず、空間そのものに息苦しさを感じない。小津らしい端正な画面は健在だが、この映画に限っては開放的ですらある。
特筆すべきは小市民の“無駄なやり取り”の中に醸し出されるユーモアとアイロニー。そして、時折見え隠れする不穏さ。
息子たちの仕業と知らず、日に日に減っていく軽石を訝しみながら「猫イラズ(殺鼠剤)でも塗っておこうかしら……」と呟く母親の姿など、妙にヒヤリとする描写が印象的。
女たちの何気ない独り言(時に猛毒)も実に生々しくて良かった。三好栄子の「なんで産んだんだろうねえ」は最たるもの。