こんぶトマト文庫

酔いどれ詩人になるまえにのこんぶトマト文庫のレビュー・感想・評価

酔いどれ詩人になるまえに(2005年製作の映画)
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無頼な印象が迸る小説家、チャールズ・ブコウスキーの自伝的作品『勝手に生きろ!(原題:Factotum』を原作とした映画。

作家志望の男・チナスキーはろくでもない。仕事中に冷凍車の荷台を開けたままバーに行って首になり、原稿を出版社に送れど反応はなく、飲んだくれる日々を送っていた。
バーで知り合った女と意気投合し、彼女のもとに転がり込んだチナスキーは、ささやかな博打に興じつつも穏やかな日々を送っていた。しかし次第にその安寧な日々に耐えられなくなり、彼女のもとを出ていく。
どこにも居着くことなく流浪を続ける男は、深夜の寂れたコーヒーショップで独り、書き続ける―――

ろくでなしでも魅力があり、社会性は希薄でも社交性は失われていない、そういう男に対して、時に社会はそこまで不寛容ではない。チナスキーには幾度も「普通」の生活に自分の人生を帰着させる道があった。それを掴めるところにいた。にもかかわらず、それらすべてを擲った。そうしなくてはならないと言っていたからだ。恐らく、彼の魂が。

物語の終幕、そこいらのベンチで夜を明かしたチナスキーがその日の仕事を求めて職安(と呼ぶのだろうか)に向かうためにゆったりと上体を起こして、櫛を取り出して髪の毛を整えるシーンが忘れられない。
その人が求める「安寧の在り方」は決して一様ではない。己を生きる様は己の意志に拠る。それをまさまさと見せつけてくれたラストシーンだった。