ヤマダタケシ

竜馬暗殺のヤマダタケシのネタバレレビュー・内容・結末

竜馬暗殺(1974年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

泥だらけの路地、汚れた着物、むき出しの肌。この前に観たのがキレイなセットの中で撮られた『竜馬を斬った男』だったというのもあると思うが、一見してATGなルックだった。
 今回観るのは二回目で、一回目は大学のメディア室かなんかで観て、でちょっと寝ちゃったはずなのだが、まぁ確かに寝るよなって感じの映画だった(つまらないって事では無い)。潜伏期間中の竜馬の、命を狙われているにも関わらずの、ある種のモラトリアム期間のような映画だった。
 実質何も起きない。土蔵や女郎屋の四畳半など狭い場所を舞台に、女郎の幡や坂本の命を狙って来た右太、かつての盟友であり同じく坂本の命を狙う中岡らと、坂本が酒を飲み、グダグダし、遊ぶ。何でも無い時間が続く。写真機のシーンが特に印象的だったが、これらの遊びのシーンを、映像的にも遊んで撮る様な試みによってこの映画は作られている。
 遊びの中で語られる坂本の壮大な計画(そこには大政奉還を行っても支配者が変わるだけ、真の革命を起こすためには侍では無い人民を組織して彼らによるさらなる革命を起こさなければならないというかなりアナーキーな思想がある)を信じさせるカリスマ性を持つ原田芳雄演じる坂本が、しかしながら土蔵の中に居ることは、広い世界を見ながら狭い場所に閉じ込められている様であり、また彼の思想が語られれば語られるほど、それが複数の組織の思惑に反する故に命を狙われることが分かる。
 中岡と坂本の2人は、友情を越えた強い関係になっており、その間にひとりの女郎を挟んだ関係はアメリカンニューシネマっぽい。
がむしゃらに革命を進めてきたふたりが、それゆえに命を狙い合う関係になっているわけだが、その死の直前に再び最初の、初期衝動だった頃のふたり戻れるというラストがとても良い。

死んだあと混じる二人の血がとても美しかった。