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エンジェルのtakのレビュー・感想・評価

エンジェル(2007年製作の映画)
3.8
 僕と同世代であるオゾン監督を、僕はどうしてもひいき目に見てしまう。それは、この人が本当に”映画バカ”だと感じられるからでもある。自分が観まくって楽しんできた過去の映画たちにしっかりと敬意を払い、それらを自分らしさとして消化できる監督だからだ。「まぼろし」は70年代のクロード・ソーテ監督作を思わせたし、「8人の女たち」では数々の映画へのオマージュが捧げられ、「スイミング・プール」に僕は「悪魔のような女」を思い出させた。そして、待っていた新作がやっと僕の住む街にやってきた。

 ところが、全編英語の台詞だし、主演女優もこれまでのミステリアスな雰囲気が感じられない。ストーリーもきちんと追っていて「まぼろし」のような雰囲気でみせる映画ではなく、わかりやすい・・・これがオゾン?。正直なところ僕は”らしさ”を探そうとしていた。映画ファンを長くやっていると、自分の鑑賞歴であるフィルモグラフィーが、勝手な先入観になってしまい、素直に映画を楽しめないことがある。自意識過剰で奔放なヒロイン、エンジェルが作家としての成功を収めたあたりで、僕は期待を裏切られてしまうのではないか・・・と思っていた。

 エンドロールが流れ始め、僕はずっとそれを眺めて余韻に浸っていた。動けなかった。正直、こんなに満足できると思っていなかった。オゾン監督は女性の生涯をドラマティックに描ききるために、往年のハリウッド映画を徹底的に真似たのだ。お屋敷を写すカメラのクレーンショット、華麗な音楽、衣装、その人を見ただけで性格や人柄を覗わせるキャスティングのわかりやすさ・・・それらは舞台装置として僕らをすんなりと銀幕へ集中させてくれる。そして、そこで描かれるのは、切ない切ない人間模様。それは登場する人物ひとりひとりが実に丁寧に描かれる、伝統的なフランス映画だった。さすがはオゾン。

 パラダイス屋敷とそこで暮らす上流階級に憧れ、想像を膨らませてヒロインであるエンジェルが書いた小説。あらゆる成功を手にする主人公だが、たった一つ手に入れることができなかったのが、家庭という幸せ。夫を思いながらも遂げられない切なさ。エンジェルの世話を焼いてくれるノラは、同性としてエンジェルを愛している。出版社のサム・ニールもエンジェルの奔放さに惹かれた一人。それを妻(シャーロット・ランプリング)に見透かされてしまう。そして最後に夫が愛していた別の女性とは・・・。人生の皮肉。この”すれ違いの人間関係”が見事に構成されている。ちょっとした短い台詞がその人の人生を言い当てているような深さ。
「まだ彼女に恋を?」
「パラダイス屋敷から、君に。」
「あなたは私を愛してくれたただ一人の人よ。」
「どの人生について書くの?彼女の生きた人生?彼女の望んだ人生?」
あぁ、人生はかくもままならぬもの。切ない。
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