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らくだの涙のmarohideのレビュー・感想・評価

らくだの涙(2003年製作の映画)
4.5
 非常に面白い映画だった。荒涼としているが美しいゴビ砂漠の風景を背に、モンゴルの人々とラクダの生活を飾り気なく撮影している。
 ラクダの表情はどこかメランコリックで、哲学的な雰囲気さえ纏っているような気がする。ラクダがこれ程詩になる生き物だとは知らなかった。

 仔を拒み続ける母ラクダと、母を求め続ける仔ラクダが物語的な軸となっており、記録映画かと思いきや存外に物語的である。
 ラクダ親子の問題への解決策として出てくるのが「馬頭琴の演奏を聴かせる」というものであるが、異民族の自分にはこのロジックがさっぱりわからない。わからないが、そこには確かに彼らなりの筋があることはわかる。文化とはそういうものだよな、と思った。

 砂嵐が過ぎ去ったあと、ゲルに積もった砂をブラシで払うシーンがあった。映画的にはごく短い、何でもないシーンなのだが、このシーンにこそ衝撃を受けた。自分には砂嵐の後にテントの砂を払うなどという営みがあるなんて発想が全くなかったからだ。
 砂がついたから払う。当たり前といえば当たり前なのだが、このディテールを取りこぼさないところが映画という媒体の強みであり、手強い部分だと感じる。小説でここを拾うには余程注意深い書き手でなければならない。

 ラストにかけてのシーンが素晴らしい。演奏が終わり、母の乳を飲み始める仔ラクダを見て、あまり笑うことのなかったモンゴル人の家族が破顔する、その表情や安堵感。ひと仕事を終えて煙草を咥える演奏家の横顔。寄り添うラクダたち。馬頭琴の音色。何もかもが良かった。
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