レインウォッチャー

ヒストリー・オブ・バイオレンスのレインウォッチャーのレビュー・感想・評価

4.0
ラストで物の見事に引っ繰り返された。
それは何かどんでん返しが用意されていて、とかの安い話じゃあなく、最後の最後に漸くこの映画が示そうとしていたことを理解し、血液が循環し景色が変わるような体験だ。ここだけで、全体の印象が二階級特進くらい跳ね上がる。

田舎町で愛する家族と平和な暮らしを送る、頼れるお父さんトム(V・モーテンセン)。しかし彼には誰にも明かしていない血に染まった経歴があり、消せない過去が彼に追いついてくる…という筋書き。

2000年代以降のD・クローネンバーグ監督作って、あの『ブルード』や『ザ・フライ』といったホラーの名手とは思えないような、現実的な題材や人物をベースにした、有り体に言えば「なんか地味そう」な作品が並ぶ。実際、今作もバイオレンスを扱いながら淡々として、パーソナルな域をはみ出ない作品だ。

そんな印象が強くてどうしても後回しにしていたのだけれど、今更ながら今作等々に触れて、徐々に理解してきたように思う。

クローネンバーグお得意の手法といえば「ボディホラー」、人間の肉体がおぞましく変形・変容する恐怖をナマナマしい手触りのヴィジュアル表現で繰り出す作家。

では、要するにヤクザ映画である今作ではその手法は捨てられてるのか…と思えば違って、きっちり変形・変容の恐怖が描かれている。
ただし、変わるのは肉体ではなく「精神」なのだ。

目に視える外側から、狂気の蠢きは内部へと押し込まれた。今作では、トムがひた隠しにしてきたもう一つの人格「ジョーイ」へ再び侵食される様(※1)を、真綿で絞め上げるような筆致で描いている。
これは、捨てたのでも方向転換とも違う、クローネンバーグ氏ならではの紛れもない進化(※2)なのだと思う。

そして変わるのはトムだけには留まらない。彼の肚からまろび出た「ヒストリー」に、家族も元の形を保てず、困惑し疑心に揺り動かされる。

トムの苦悩はそのまま再生社会のあり方にも繋げて考えることができるものだが、やがて彼が過去と再び対峙した先にわたしたちは何を予測するか。
やはり、彼はトムでいられるのか?再びジョーイに戻ってしまうのか?生か死か?だと思うのだけれど、今作が用意したラストはどれでもないものだ。

彼がトムであってもジョーイであっても、「父親だった」という一点は真実である、ということを信じ思い出させてくれる人物が一人だけいて、ちょっぴりの救い…とまでは言い切れないほどの可能性を残す。(※3)

しかしそれこそが、未来じゃあないか。

クローネンバーグさんにこんな気持ちにさせられるなんて全く予期していなかったけれど、「まさか」って感じでグッときたぜなのであった。

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※1:序盤にトムと妻がノリノリでコスプレ&ロープレえっちする誰得シーン、これもまた変形・変容の意地悪い形だろう。また、息子の変化を通して暴力は伝播し得ることを描いているのも周到。

※2:とはいえ往年の技は暴力・流血・死体描写に存分に生かされている。徹底して人体を「モノ」として眺めるような視点は変わっておらず、銃創から流れ出る血液もどこまでも無機的、容器から漏れてるみたいな冷徹さがある。(すてきです。)

※3:ここで、その場にいる誰も抱き合ったり明らかに微笑んだり、号泣したりはしない。それが凄いしそれが良い。