映画史におけるアンゲロプロスといえば、言わずと知れたギリシャの巨匠、長編物語映画を得意とする映像の詩人、その徹底的な長回しと叙情的映像によって、時として「ギリシャのタルコフスキー」とも形容されるほどの作家であり、時代や国内外を問わず非常に高い評価を得ている人物だ。しかしながら、例外的に本作においては、そんな従来のアンゲロプロス映画に見られた劇的なドラマトゥルギーやプロットが一切の姿を露わにしない。というのも、そもそも本作はヨーロッパの文化首都をテーマにしたテレビシリーズの一編として制作された作品であるため、余計な演出や物語性が削ぎ落とされているのは当然なのだが。ただし唯一、淡々とスローシネマ的に刻印されていく詩的時間観や、極めてアンゲロプロスらしい歴史の断絶性などは保持されたまま、彼自身の出身地であるアテネを個人的な記憶の地図として再訪する旅路がここに記録されている。 そこで、本作はその簡潔なドキュメンタリー形式にもかかわらず、アンゲロプロスの長編群に通底する時間感覚と歴史意識を凝縮した作品として、探検・自然・民俗・文化ドキュメンタリー作家であるRay Garnerとその妻Virginia Garnerのフィルモグラフィにおける古代文明ドキュメンタリーシリーズ(特にそのような総称ないし正式なシリーズがあるわけではなくて、『Be-ta-ta-kin』『The Ancient World: Egypt』『The Ancient World: Greece』『Land of the Book』などの考古学的テーマを扱った作品群を私がただ便宜上そう呼んでいる)や、ジャン=ダニエル・ポレがバッサイのアポロ・エピクリオス神殿の様子を詩的に綴った短編ドキュメンタリー『Bassae』などを思い起こさせるが、とりわけストローブ=ユイレの映画実践、そのなかでも『Lothringen!』との比較において、本作はいっそう鮮明な輪郭を獲得しうるだろう。