ちろる

野ゆき山ゆき海べゆきのちろるのレビュー・感想・評価

野ゆき山ゆき海べゆき(1986年製作の映画)
4.2
大林宜彦監督の尾道外伝として、ファンの間で人気の高い『野ゆき山ゆき海べゆき』
一目惚れした転校生の義姉、お昌ちゃんが、貧しさ故に四国の女郎屋に売られてしまう。
それをわんぱく少年たちで奪還しようとするモノクロ映像のジュブナイルもの。
大林監督の作品はどれも好きだけど、ここまで切なく泣いたのは久しぶりかも。

この作品の特徴は、なんといってもまるで学芸会のようにわざと役者にはっきりと言葉を読み上げさせたユニークすぎる演出。
先生役の竹内力のかなりやりすぎ演技も見所です。

これは『言葉』として伝えることで観客のイマジネーションのなかで映画を作り上げる」ための手法で、大林監督は映画の鑑賞者たちによる、文学的想像力に挑戦してみたという実験的作品だという。

これは佐藤春夫を映画で語るということの、最も魅力的な方法だった。
と大林監督はのちに語っているそうです。

ちなみにカメラは全てフィックス撮影で、ズームなし、カメラ移動もなしで、主観的な感情の流れを誘う表現はすべて排除したという。
このため撮影の阪本善尚が小津安二郎作品を繰り返し観て研究したらしい。
このカメラワークのお陰で撮影よりずっと古い作品のような風情ある雰囲気になってるのかもしれません。

この作品のマドンナである鷲尾いさ子さんの裸の行水シーンから、不思議な話し方まで、田舎の少年でなくても昌ちゃんの神秘的な存在感に魅了される。
元々は本作の昌ちゃんは「さびしんぼう」の富田靖子さんで脚本を書いてしまったようなのですが、事務所に断られて大林監督がCMで目をつけた鷲尾いさ子さん。
多分、富田靖子さんはもちろんこの牧歌的な物語にぴったりではあるが、背の高い、エキゾチックな雰囲気の鷲尾さんはこの尾道に咲いた異国の花のようでより一層女神のように光っている。

義姉を愛しながらどうすることもできなく暴れる栄。
一目惚れしたお昌ちゃんに弟扱いしかされない須藤くん。
戦地に行く未来を抱えながらお昌ちゃんとの儚い恋を育む早見。

戦争と貧しさ。
暗い世の中が少年少女たちの無邪気な時間を阻んでいくのだけど、それらに必死に抗おうとする純粋さが切ない。

若い女ゆえに逃げ場もない、どうしようもできない。
鬼畜な大人たちが「しゃぼん玉」を歌うシーンはゾッとしてしまうけど。
こんな風にどうしようもなく未来の夢を見ることを許されず舟に乗せられて行く風景が過去にたくさんあったのだろう。
のどかな音楽とは対照的に悲惨な未来を乗せる海のシーンはもう何とも言えない。

初めこそ古い映画を模したようなモノクロ映像がとても観辛かったのだけど、衝撃的なラストのお昌ちゃんがとても美しくて、これで良かったと思える。

そして、まるで全ての事が幻だったような、そんな、錯覚に陥る切ないノスタルジー。

改めて大林監督、沢山の素晴らしい作品を日本に残してくれてありがとございました。
ご冥福を心よりお祈りします。
ちろる

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