パングロス

淑女と髭のパングロスのレビュー・感想・評価

淑女と髭(1931年製作の映画)
4.0
◎髭っ面バンカラ剣士をめぐる3美女の鞘当

1931年 75分 モノクロ 松竹蒲田 サイレント
スタンダード 伴奏:神﨑えり

来者不拒
去者不追
千客萬来
六根清浄 ※宮島の部屋の扉に掲げてある漢詩?

いまだに、小津安二郎はコメディ作家だと言っても、納得してもらえないことがあって往生する。
しかし、本作のオープニングクレジットで、小津が変名「ゼームス・槇」で、「ギャグマン」なる役目を自ら買って出ているのだから正真正銘のコメディ作家だ。

【以下ネタバレ注意⚠️】




本作は、男しか登場しない『落第はしたけれど』(1930年)に対して、女性がかなり大勢登場する。

その上、その女性たちが、例によって、親たちに結婚のお膳立てを進められようとすると、決然としてそれに反旗を翻し、自分の意志を貫く。

後年の小津映画に比べても、本作の女性像は、むしろ極めて「新しい」。
たんなるギャグコメディかと思いきや、実は、そうしたメッセージ性が明確にあり、高く評価せざるを得ない。

とにかく本作は、岡田時彦のコメディアンとしての本領を堪能できる作品だ。

髯っ面を見せるだけで可笑しく、動いて可笑しく、髯を剃っても可笑しい。
坂本武演ずる行本男爵家令が扇を手に朗唱するのに合わせて岡田時彦が剣舞を舞う。それが本格的なのか適当なのか知らんけど、令嬢たちが集うダンスパーティでの場違いぶりはステキに可笑しい。
欧米含めて、サイレント時代のコメディアンとしては、世界有数の存在ではなかろうか。

また、飯田蝶子、吉川満子、坂本武ら、トーキー以後も活躍する俳優たちの姿を見つける楽しみもある。
彼らは、サイレントでも、トーキーでも、顔だちや姿はもちろん、演技の質もほとんど変わらない。

笠智衆も登場していたけれど、モブとしてだったのかな。

斎藤達雄も登場することは事前に知っていたのだが、どうやら序盤の剣道の試合の相手だったらしく、出番も顔出しも少なかったせいか認識できなかった。

岡田時彦演ずる岡島の友人、月田一郎演ずる行本輝雄は男爵の御曹司なのだそうだが、自分の部屋にドラムセットがあったり、髭面のマルクスの肖像画を飾っていたりと、妙にモダンの先を行っている感じだ(それ自体がギャグなのかも知れない)。

岡島の就職先には、英語で「 Cooks tourist office 」と看板が出ていたけれど、ホテルのフロントマンみたいな仕事をしていたから、実質はホテルなのかな?

なお、行本の妹幾子を演じた飯塚敏子と、最後は岡島と結ばれるタイピスト広子を演じた川崎弘子が似過ぎていて、識別できなくて往生した。

『落第はしたけれど』の田中絹代もよく似た面差しで、飯田蝶子や吉川満子といった脇役は個性的でも、主役級の女優は判で押したような「典型」があって彼女らを強く規制していたのではないかと疑いたくなる。

ただ、叔父が持ち込んだ嫌な結婚話を母の飯田蝶子が受けている隣室で、広子ちゃんが、小さな湯呑みを口で吸い付けている動作を繰り返すのは驚異的に可愛かった。

なお、剣道の試合で、何故か審判員と並んで子どもがちんまりと座っている。
ノンクレジットだが、初期の小津映画常連の子役突貫小僧だそうだ。
『小津安二郎大全』によると、撮影助手だった厚田雄春は、幼年時代の三笠宮崇仁親王がモデルだと言っていたらしい。
内務省の検閲で問題になりかけたが、映っている紀章が学習院のものではないから宮様ではないと主張して難を逃れたという。

マルクスの件といい、ギャグのセリフとして「治安維持法」を持ち出すなど、かなり攻めたギャグをかました作品だと認識するのが正しそうだ。

まぁ、岡田時彦の演技を見ても、不良モガという設定の伊達里子の字幕の主語が「あたい」なのを見ても、とてもリアリズムの劇ではあり得ないことは明白だ。

だが、奇体な岡田時彦の髯っ面に笑わされたあと、髯を剃ってニヤつく岡島が妙にモテだし、3人の女たちから言い寄られながら、最後はしんみりと純愛派の広子と結ばれるという展開は、なかなかにエモく、ちょっと泣きそうになった。

神﨑(こうざき)えりさんの伴奏は、ピアニカとピアノを併用し、エルガーの『威風堂々』などの既成曲のメロディを巧みに織り込みながら、映画世界を盛り上げていた。
神保町シアターでは、別日に、弁士付きの上映回もあったようだが、最初から字幕も多い(ただ消えるスピードが結構早くて読みきれないこともあった)から、正直この形式で鑑賞できて良かった。

サイレント時代の小津安二郎の、そして邦画コメディの傑作だ。

《参考》
*1 「淑女と髯」で検索
ja.m.wikipedia.org/wiki/

*2 【作品データベース】淑女と髯
www.shochiku.co.jp/cinema/database/01244/

*3 小津安二郎の映画音楽 Soundtrack of Ozu
淑女と髭
soundtrack-of-ozu.info/ozu-archives/movie/230

*4 淑女と髯 / The Lady and the Beard (1931) [カラー化 サイレント映画 フル / Colorized, Silent Full Movie]
2023.3.16
m.youtube.com/watch?v=59do3M7NB0M

*5 上映館=神保町シアター公式
www.shogakukan.co.jp/jinbocho-theater/program/silent2024.html
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