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東京画のmanamiのレビュー・感想・評価

東京画(1985年製作の映画)
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私の旅は巡礼ではなかったーーというモノローグが冒頭、『東京物語』の映像を挟み込んだ直後に入る。しかしこれはどう見てもどう考えても、今で言う「聖地巡礼」だろう。小津安二郎の撮った「東京」を自分の目で見たい、自分もあの街をフレームで切り取ってみたいという、言わばガチオタの願望が映画という形に成っている。
ただし小津が映したのは過去の姿であるとしっかり理解した上での「巡礼」であることも、伝わってくる。それでも辿ってみたいのが、ファン心理というものよねぇ。
ブルーシートを敷いての花見、駅コンコースで駄々をこねる幼児、墓地の通路で野球をして遊ぶ子どもたち、土砂降りの中で踊る若者たち、パチンコにお金と時間を注ぎ込む大人たち、猥雑さを含んだテレビ番組やCM、小さなマス目がびっしり並んでいるようなゴルフの打ちっぱなし、夜の暗闇に光を撒き散らす新宿。監督はそこかしこに、まだ残る「日本」と、それを押し流しつつある「外国」文化を見る。
電車や新幹線が何度も登場するのもヴィムヴェンダースらしい。
食品サンプルにも興味を持ち、その工房まで訪ねる。かなりの時間を割いて製造工程までただただ撮り続け、映画というより「日記」のよう。職人たちの昼食を「ろうでできた見本に囲まれて本物の弁当を食べる様子の撮影を断られたのは残念」という、その場面がもしあったら、きっとヴィムヴェンダースらしいものになっていただろうに、私も残念だわ。
監督は小津映画に欠かせない存在である笠智衆のもとも訪ねる。名優は「何者でもなかった自分を小津安二郎が笠智衆にした」と語り、北鎌倉にある小津の墓を参る。
小津の助手・撮影助手を長年務めた厚田雄春からは、カメラの低さやフレームやレンズなどへの小津監督のこだわりを聞く。ロケを嫌っていたこと、しかし列車のセットは嫌だという主張を受け入れてくれたことなどを嬉しそうに語るが、最後には涙をこらえきれなくなる。もう老人と言っていいほどの大の大人が、思い出して寂しいと泣くほどの、それほどの愛なのか。
最後にもまた使われる『東京物語』の場面のチョイスはさすがに狙いすぎとは思うが、これもまた愛か。

6(1716)
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