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蟹工船のgenarowlandsのレビュー・感想・評価

蟹工船(1953年製作の映画)
4.2
「ボヤンシー」を観た直後なので船上での悲惨さには耐性ついていて大丈夫かな、なんて油断していたらとんでもなかった。「ボヤンシー」の船長が悪魔なら「蟹工船」の浅川は鬼だった。俳優兼監督の山村聡の「蟹工船」はリアリティーありすぎる上に救いがない。原作は読んでいないけれど、たしか多少の希望や進展があったはず。
映画的な、まさかの結末に力が抜けた。

原作は死者がでた奴隷船の実話がベース。プロレタリアートの代表作。

実際の船上や漁業シーンが差し込まれ、蟹工船から荒海へ小舟を出して蟹を捕りに出る映像はリアル。セットじゃない。映像にリアリティーがあって、危険な労働に従事する人たちの恐怖と怒りが伝わってくる。

蟹工船とは、蟹を小舟数隻で獲り、母船上で茹で解体し、船内の工場で缶詰めとして加工する。出来上がった蟹缶を取りにくる船に渡す。実に合理的だと思ったが、限りなく人間をシステムに合わせさせる。機械は休まないから、人間も実働20時間の非人間的な仕組みであった。

また、労働法と航海法のどちらにも当たらないので、安全を確保されなかった。

船長や航海士のオフィサーたちは、船のオーナー兼海産物工場から派遣された現場監督の浅川に頭が上がらない。横暴な浅川の異常ともいえる仕打ちに皆震え上がる。

「ボヤンシー」の船長は粗野で知性がなく欲まみれだった分、隙もあったが、「蟹工船」の浅川は生産量を託された使命感と知性で手段を選ばず、完璧に目標に達しようとするので隙がない。戦後(1953年)制作された作品なので日本軍の鬼軍曹を彷彿させられた。

この鬼の浅川あっての蟹工船で、存在感と鋼の意志は二つとない特異な感じ。見た目はふつうの人なのに、使命感帯びて暴力的になる。集団の目標達成するためには個はなくなり、滅私奉公させる日本的な暴力の根本を感じさせる。全身刺青の乗組員達も怯えあがる。

その浅川役の平田未喜三は、なんと本物の漁師で、かつ、海産加工や造船と幅広く事業していた経営者で、かつ町長だった。鬼の浅川とは正反対で、映画俳優学校を中退し漁師となり、戦争孤児を148人育てていた。それを俳優学校同期の八木保太郎が脚本にして東映で映画化(「第二の人生」とあるが見つからず)。平田未喜三役を演じた山村聡が平田を蟹工船の浅川に抜擢。平田はその後、房総で町長と異色俳優として、房総勝山の観光地化に尽力した。

蟹工船のリアルな恐怖と緊張感は平田未喜三に負っていたのだと思う。さまざまな体験した人は凄いな。映画に厚みが生まれていた。
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