深獣九

ヒッチャーの深獣九のネタバレレビュー・内容・結末

ヒッチャー(1986年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

なんという、ラストシーンの美しさよ。

舞台は砂漠。白一色。
ショットガンを構え、ジムの乗るパトカーと対峙するジョン・ライダー。
クライマックスで描かれるツーショット。
砂漠の白、パトカーの黒、ジョン・ライダーの灰色、空の青。
ほぅとため息が出る。
このシーンを描いた絵を部屋に飾りたい。

美しいのは目に見えるところだけではない。

劇中、殺人鬼ジョン・ライダーの真意は説明されていない。想像しかできないのだが、彼は自分の命を終わらせてくれる者を探していたのではないか。「俺を止めてくれ」冒頭で聞いたセリフだ。なんの暗喩かと思いを巡らせていたが、もしかしたら言葉通りの意味かもしれない。ジムに問われて「ある」としか答えない目的地は、場所ではなく己の終焉を指しているのかもしれない。巡り会った目的地(止めてくれる者=ジム)との対峙は、彼にとってどれほどの喜びであったか。ジムに撃ち込むバレットは、殺人を止められない己の数奇な運命に躊躇なくピリオドを打ってほしいとの、死にものぐるいの願いだったのではなかろうか。

決着がついたあと、車にもたれかかるジムのシーンも圧巻の美しさだ。朱に染まる空をバックに煙草に火を点ける。シルエットで描かれるジムがフェードアウトし、エンドロールが始まる。ひとつの物語が終わり、新たな物語が始まる。そんなニュアンスも感じられる。
ジョン・ライダーは確かに命を落としたように見える。だが……観客は不安を抱えながら劇場をあとにする。あるいはテレビのスイッチを切る。
このクライマックスシーンに流れるケーナのような音色も、この映画の不思議な雰囲気にとてもあっている。余韻がたまらない。

このラストシーンの美しさ、私の中では『悪魔のいけにえ』に匹敵する。
やはり砂漠は映える。デスバレー。ぜひ訪れてみたい。

もちろん、物語のクオリティも高い。どこまでも追ってくる殺人鬼。まいたと思ったらまた現れる。どこにいても姿を現す。理由や方法はまったくわからない。種明かしもされないので、呆れて席を立つ観客がいてもおかしくない。ファンタジーじゃないかと。ジョン・ライダーは悪魔の類? 白けてしまう。そう思っても不思議じゃない。
だが、この映画はその不条理をねじ伏せるだけの力がある。つまり面白い。逃げおおせたと思えばまた現れる。命からがら逃げる。ほっとするのもつかの間また襲われる。その緩急の塩梅が絶妙なのだ。なぜ? と思う間もないし、まったく飽きさせない。

主演ふたりの演技もすばらしい。ジョン・ライダーはご存知ルトガー・ハウアー。不敵微笑みを口元に宿し、悲しげな瞳でジムを見つめる。彼のためになにかしてあげたい、守ってあげたい。こんな気分にさせる殺人鬼は類を見ないのではないか。女性であれば飼ってしまうあろう。その魅力、危険極まりない。
ジム・ハルジー役はC・トーマス・ハウエル。彼の表情もすばらしい。追い詰められた恐怖、絶望の切なさ、決意のまなざし、すべてが伝わってくる。一流の証だ。特に逃げ疲れて自殺を図るシーンは、カット割りともあいまって胸が締めつけられる。


人はたくさん死ぬがゴアは控えめ。派手なカーチェイスもあるが、まあそこは添え物。ひとつだけ残念なのはナッシュのこと。親切心から巻き込まれ、おそらく命を落とした。心から冥福を祈りたい。

『ヒッチャー』は、どこまでも追われる恐怖、そしてジョン・ライダーとジムの不思議な関係を楽しむ作品。ジャンルを超えた名作と言っていいだろう。メディアで持っていたい。

これ、もしかしたらBLかも。究極に歪んだBLだが。
深獣九

深獣九