MasaichiYaguchi

サラの鍵のMasaichiYaguchiのレビュー・感想・評価

サラの鍵(2010年製作の映画)
3.9
本作は2つの扉を開けることを巡る映画だと思う。
1つは、1942年のパリ、「ヴェル・ディヴ事件」の最中、難から弟を救う為に隠した納戸の扉。
もう1つは、ユダヤ人虐殺から生き残ったヒロイン・サラの過去を封印した心の扉。
1995年にシラク大統領が、「フランス国家が、ユダヤ人迫害に加担していた。」と演説したことにインスパイアされた本作。
同様にユダヤ人迫害をテーマ「黄色い星の子供たち」と対を成す作品と言えると思う。
映画は、1942年7月、フランス警察によってユダヤ人1万3000人が強制連行された「ヴェル・ディヴ事件」に遭遇したユダヤ人少女サラと、現代のパリで暮らすアメリカ人女性ジャーナリスト・ジュリア、この2人の生き様を交互に描いていく。
この2つの世界は、ジュリアの夫が祖父母から譲り受けたパリ市内のアパートでリンクしている。
ジュリアは、フランス国家が加担した「ヴェル・ディヴ事件」を取材していくなか、正にそのアパートの以前の所有者一家が被害者だと云うことが分かり、調べていく。
一方、その一家は、1942年のユダヤ人強制連行でパリ市内の屋内競技場に仮収容され、その後、ポーヌ収容所に移送されていく。
「黄色い星の子供たち」でも描かれたが、ここでのユダヤ人達の有様は、筆舌に尽くし難い。
良かれと思って弟を納戸に鍵を掛けて隠した一家の長女サラは、何とか弟をそこから出す為に収容所を脱走する。
この作品で素晴らしいのは、狂気の嵐が吹き荒れる戦時下においても、「良心」が存在するということを描いていること。
そしてもう1つは「呵責」ということ。
サラは、やっと辿り着いた納戸を開けた瞬間から、逆に心の扉を閉ざす。
後の展開で、サラは、辛い思い出しかないフランスを離れ、アメリカへと向かう。
そこで人生の伴侶を得て、新しい人生を歩み出したように見えたが…
人は、それが過失であっても、これ程までに「罪」を背負い、「呵責」に苛まされるものなのかと思う。
もう1人のヒロイン・ジュリアも、45歳という高齢を理由に、夫から中絶を迫られても、サラのことを調べれば調べる程、何度も流産の末、やっと授かった新しい命の灯火を消せはしない。
固く閉ざされたサラの心の扉が、明らかにされた事実と共に我々の前で開かれていく。
何とも言えない、温かで、心に希望の灯火を点すラストは、深く余韻を残します。