パングロス

女の歴史のパングロスのレビュー・感想・評価

女の歴史(1963年製作の映画)
3.8
◎ 困り顔のデコ、ボーならぬ信子は苦労している
  または、
◎ デコの「さらにいくつもの この世界の片隅で」

モーパッサンの『女の一生』に着想を得た笠原良三の脚本、成瀬巳喜男の監督、高峰秀子の主演による、戦前から戦後へと昭和を生き抜いた女の一代記。

*あらすじの詳細は下記を参照下さい。
moviewalker.jp/mv21054/

*キャストは関係性を記した下記がわかりやすい。
www.allcinema.net/cinema/141011

高峰秀子演ずる信子(母増田つねを菅井きんが演ずる)は、深川の大きな材木問屋である清水材木の社長正次郎(清水元)の長男幸一(宝田明)と結婚。

序盤の見せ場は、職人衆の木遣りなどで賑やかな盛大な結婚式。

ところが、正次郎は、不正な商いに手を染めたことが発覚して自殺。

幸一は、旧弊な父を嫌い、材木商を継ぐ気などないと嘯いていたが、召集令状が来て、妻信子と6歳の一人息子功平を残して出征し、帰らぬ人となる。

戦時中、貧苦の生活を送っていた際、亡き幸一の友人秋元隆(仲代達也)が親しく援助。求愛されるものの、信子は一線を超えることを踏みとどまった。

戦後、美容院を営む信子。

成人となった功平(山崎努)は、キャバレー勤めの富永みどり(星由里子)と結婚すると突然言い出して、信子を驚かせる。
絶対反対だ、お前のためを思ってのことだよ、と言いつのる信子。
さらには、みどりと会い、よくも息子を籠絡したと、臨月の彼女を面罵した。

ところが、飛び出すように家を出た功平は、交通事故に遭い、そのまま帰らぬ人となってしまった。

しばらくして、みどりが住むアパートを訪ねる信子。
功平との間にもうけた息子、功がもう大きくなっている。
信子は、今まで自分がしてきたことを詫び、彼女を娘として見たい、と言うのだった。

*鑑賞から一か月経ってしまったので、ディテールは忘れてしまい、上記のプロットも少し違ったかも知れない。

信子と幸一が結婚したのが、武漢三鎮が陥落した年の前年だから1937年、ラストシーンは公開時の1963年頃だろうから、25〜6年ぐらいのスパンを扱っていることになろうか。
清水家の代で数えると、正次郎、幸一、功平、功と都合4代にまたがる物語ともなっている。

『愛と哀しみのボレロ』(2024.3.27 レビュー)は1930年代から1981年までの50年弱を扱っていたが、本作は、戦時中及び敗戦直後の描写もリアリティがあり、大戦をはさむ昭和の年代記としては、より本格的な印象を受ける。

ただ、高峰秀子演ずる信子は、ひたすら耐える女で、その生涯も辛苦はあったとは言え、身近な人物の死に直面するぐらいで、特に劇的な何かが起こる訳でもない。

つまらない女の平凡な人生を描いたメロドラマとも言える。

だが、成瀬巳喜男は、本作で、まさにそうした平凡な女の一生こそ描きたかったに違いない。

齊藤一郎の音楽も、メロドラマ感を演出している。

高峰秀子は、快活明朗な女教師から、時代と国籍を超越した「カルメン」のような女まで、演技の幅は広い女優だ。

その彼女が、感情の爆発を極限まで抑えて、「忍」の一字に耐え忍ぶ女を演じ切ったのも、彼女の演技力あってのことだろう。

不思議なテイストを醸し出しているのが、亡き夫幸一の母君子(賀原夏子)がいつも信子の側にいることだ。

年齢に応じ、時に応じ、姿を変えて行く高峰の信子に対し、賀原の演技は年を経ても、ほとんど何も変わらない。
どこか不貞腐れた風というか、ふてぶてしい。
東京出身だというが、どうもイモっぽい雰囲気のある女優だが、いつも斜に構えている風があって、ドラマに異化作用というか、第三者的な批判の視点を提供している、と言えるかも知れない。

成瀬巳喜男の作品のなかでは傑作には分類できないが、時宜を得て丁寧に作られた、充分に見ごたえのある大作である。

《参考》
生誕百年記念 女優 高峰秀子
会場:シネ・ヌーヴォ 2024.2.3〜3.1
www.cinenouveau.com/sakuhin/takaminehideko2024/takaminehideko2024.html
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