KAJI77

ゆれるのKAJI77のレビュー・感想・評価

ゆれる(2006年製作の映画)
3.9
※全く関係ない作文を書きます。やっと二回生の授業・テストの類が全部終わりましたので、久々に文章を書きたい欲をここで発散させてください…🙃🙃
春休みに入るので映画鑑賞もぼちぼち再開していきます!!🍿🎬📽
以下は長々しい駄文ですが、僕と同様で暇な方はお付き合いください…笑

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アドリアーノは人よりも頭が弱かったが、誰よりも優しい心を持っていた。


海辺の小さな街に生まれた彼は、幼い頃からこの世の全てに疑問を抱いたが、彼に正面から向き合う大人はいなかった。「"右"ってのはお前から見て背中の方だ!」「太陽と月は同じ星なんだよ!アドリアーノ!」こんな具合のからかい様だった。
同じくらいの年頃の子達も面白がって大人の真似をした。背高のっぽのマルチェッロも、男子よりもかけっこの速い幼馴染のアンナも、学校で唯一自転車を持っているラファロも、みんな彼のことを笑い草にしてはゲラゲラと声を上げて笑った。昼には夜を思い、夜には朝を願うその辺境では、きらめく海原を見ることの他にはこれくらいしかやることも無いのだ。

しかし、そんな街の人々にも、とある楽しみがあった。それは街の新聞屋が月に一度だけ発刊する新聞の、ゴシップ特集のコラムだった。アメデオが隣町の娘と駆け落ちした。とか。ジョルジャが四人目の子供を産んだ。なんとまた女の子らしい。とか。殺人や窃盗と言った大袈裟な茶番の起こりようがない、手持ち無沙汰な港町に息づく寂しい大人達にとっては、それらはささやかな安寧と利率的な娯楽の象徴だった。

そしてその年も、ムール貝の産卵期には浅瀬に卵の埋めく、波の高い八月が訪れた。石造りの家の窓から老人がひょっこりと顔を出し、爽やかな潮風に髭をたなびかせながら、石段を登ってくる配達員を呼び止める。「おうい。今月の分をおくれ」「はい!今行きます」
変に威勢のいい若い配達員はすっかり張り切っていて、制服の肩のあたりがピシッと角張っている。斜面に何となく揃えられたオリーブの木々の繊細な温かさが坂を流れて、街はその午後もクスクスと、どこか堪えたような笑い声に包まれていた。

その月のゴシップは、これまでの記事の中でも群を抜いてくだらないものだった。というのも、新聞屋は遂にジャーナリズムに嫌気がさして、「街に流れるあの川の上流に一つだけあるという、"見えない石"を本当に見つけて持ってきたものには賞金を出す」と言い切ったのだ。あまりにチンケな、もはやゴシップでもなんでもないような冗談だったが、辺鄙な田舎を賑やかすにはこのくらいで十分なのだ。新聞屋は長年の勘と経験から、どうすれば人間が行き場のない嗜虐心を満たせるのかを熟知していた。

しかし、子供が多いこの街では、それを真に受ける少年少女達は躍起になって河原へと赴いた。もちろん、アドリアーノもその一人だ。
彼は誰よりもその両目にキラキラと川面を反射させ、少し前を駆けていく幼馴染のアンナの、おませしたフリル付きの薄桃色のスカートには目もくれずに、来る日も来る日も足を運んだ。河原に揺れる背の高い向日葵の凛々しい花々が、肩を並べて子供たちを見守っていた。

ただ、悪を知らない純粋な子供たちにとって、その石を見つけ出すことがある種の不可能性を帯びていることに気がつくのには、いくらかの時間を要した。時は既に九月へと鞍替えし、諦めの早い大人の幼虫は海へ向かって行進の隊列をガシャガシャと組み直していく。
川のそばには花やら蝉やらの死骸が散乱して、初秋の薫風が知らない半球の先からツバメを数羽ずつ運んでくる。すっかり閑散としたその河原で、その日もアドリアーノは一人で宝物を探し続けていた。
あの日には取り憑かれたかのように夢中になっていた周囲の子達はくるっと手のひらを返して、以前と同じように彼のことを間接的に、または直接的に冷やかした。彼はとてもきまりが悪かったものの、それを見つける事以外は、学校の成績不振にしても、発覚した義母の不倫にしても、何事も彼には響かなかった。

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大切なものはね、目には見えないんだ。



『星の王子さま』サン・テグジュペリ

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それから長い月日が過ぎ去った。

街には当然のように何の変化もなかった。
額が広いスケベなオヤジ。紫色のワンピースが妙に似合うお婆さん。腕の毛に海藻が絡んだワイシャツの似合う漁師。乳房が愛くるしく上ずった内気な少女。「仕方ないなぁ」とでも言わんばかりに気だるげにゴロゴロと喉を鳴らす猫。人々に勝手に名前をつけられた幹の太いの木。ワインレッドに近い赤みがかった土。初夜の男女のように寄り添ったブナとオークの雑木林。吊り下げられた丸い空。遠すぎる、ひとりぼっちの地平線。
街は、なんにも変わっていなかった。

ただ何かひとつ転じたことがあるとするなら、あの青年達だけは、時の魔法にかけられて、すっかり老け込んでしまったということくらいだ。

馴染み深いクリーム色の石壁は、彼らの目には昔よりなんだか褪せて映り、小さなせせらぎになどまるで見向きもせず、命懸けで青黒い海原へと漕ぎ出すという街の法則に順繰りに隷属していった。のっぽのマルチェッロも。金持ちのラファロも。みんな揃って額と頬にシワを滲ませ、物騒な髭っ面を引っ提げて海に飲まれていくのだった。


しかし、アドリアーノは、未だに"見えない石"を探していた。

狂信的なその姿勢は、彼が歳を増す度に街からは煙たがられ、あの新聞が出て三年が経った時には、もう彼を見る者など誰一人としていなかった。

「石は絶対にあるはずだ。」

アドリアーノはひそひそと、誰かに言い聞かせてなだめるよう朗らかに呟きながら、今日もその石をボロボロの両手で探している。

一匹のウミネコが坂の上まで迷い込んだ時、水の柔らかな音にそそのかされて、河原に咲いたひまわりの一輪がアドリアーノへとゆっくり向き直った。

青すぎる太陽が、彼だけを強く、物憂げに照らしている。


『石の水脈』(2021/02/02) 梶岡
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