SANKOU

ゆれるのSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

ゆれる(2006年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

細かいシーンのひとつひとつに登場人物の心理が反映されたとても緻密な作品だと感じた。
シナリオの構図も巧妙で、最後までタイトルの通り観ているこちらの心も揺さぶられ続けた。
事件の現場となる吊り橋がとても象徴的な役割を果たしている。揺れるのは橋だけではなく人の心もだ。
正反対の兄弟である稔と猛。弟の猛は自由奔放で、写真家として成功しているがどこか軽薄で不誠実な印象を受ける。
一方兄の稔は周りに気を配るとても堅実でおおらかな人柄に感じられる。
が、実は彼はコンプレックスの塊でとても神経質な人間であることが分かってくる。
性格は正反対だが、良くも悪くもお互いに相手のことが分かり過ぎてしまう二人。
それが今回の悲劇の一因でもある。
母の法事で久しぶりに故郷に帰ってきた猛。
稔は父が経営するガソリンスタンドで働いているが、そこには猛の幼なじみでもある智恵子も働いていた。
おそらく稔は智恵子に気があるようで、傍目からは二人の空気感はとても好ましく思える。
しかし智恵子がずっと好意を抱いていたのは猛の方らしい。智恵子は複雑な家庭事情もあり、東京で自由に暮らす猛に憧れに近い感情を抱いてもいた。猛は兄への嫉妬もあり、再会したその日に彼女とセックスをする。
帰宅した猛はバツが悪そうに稔の前に顔を出すが、その時に稔は智恵子は酒を飲むと絡んできて大変だろうと猛に尋ねる。
猛は智恵子が良く飲むから驚いたよと話を合わせるが、実はこの会話が後々に大きな意味を持ってくる。
稔は家族の思い出のある渓谷に猛と智恵子を誘う。
相変わらず自由奔放な猛はカメラを持って吊り橋を渡り、渓谷の奥へと入っていく。
その姿を見た智恵子も吊り橋を渡ろうとするが、稔は危ないから止めようとする。
吊り橋の上から智恵子は渓谷を歩く猛に手を振るが、猛はその姿を一瞥したものの無視して歩き出す。
少し気落ちした智恵子の後ろから急に稔が現れしがみつく。
神経質な彼の態度に智恵子だけでなく、観ているこちら側も何とも言えない嫌悪感を抱かされる。
ついに智恵子は触らないでと稔の手を振り払う。そして彼女は稔が傷つくような言葉を投げ掛ける。
その直後にすべての音が消えて、一瞬後には吊り橋の上にいたのは稔だけになっていた。
猛はすべてを見ていた。それなのに彼は何も知らないふりをして吊り橋の上にいる稔に近づく。この時の猛の行動にはひやりとさせられた。
そして猛は強引に智恵子が足を滑らせて吊り橋から落ちたのだと稔に言い聞かせようとする。
彼は兄を庇ったのだが、結局警察の捜査では他殺ということになり、稔は逮捕されてしまう。
決定的な瞬間は画面に映し出されていないため、観ているこちら側には何が真実なのかは分からない。
猛が現場を目撃していたことは確実だが、彼はそれを隠し通そうとする。
そして稔も猛が現場を見ていたかどうかを知らない。
だからここからの展開は完全に稔と猛の供述に影響される。
とにかく稔の闇の部分が次々と浮かび上がってくるのに背筋が寒くなった。一方猛は兄を救うために手を尽くす。
その姿は誠実そうに見えるが、彼が本当に兄のためを想って行動しているのかは疑わしい。
彼らは心が通じあっているようで、通じあっていない。
父の言葉で実は智恵子は猛と同じく酒をほとんど飲めないことが分かる。
だから猛が智恵子の部屋から帰ってきた時に稔がかけた言葉は罠でもあったのだ。
稔は猛のことを何でも知っている。そして智恵子が今の場所から離れたがっていることも、そのために猛に近づくことも。
その事実を知ってから猛の稔を見る目は変わっていく。
最初から疑ってかかり、最後まで信じようとしないのがお前だと稔は猛を突き放す。
裁判では稔に有利な方向に流れが向きかけていたが、猛がすべての証言を覆したことで稔は有罪判決を受ける。
猛の証言を聞いている時の稔の何とも言えない微笑が印象に残る。
ここまでの展開でも観ているこちら側は真実が何なのかを知らされない。
猛は稔を突き落としたのか、それとも残酷な現実から救ったのか。
吊り橋の腐りかけていた一枚の板。そのせいで智恵子は渓谷に落ちてしまった。
その腐りかけていた板は、稔と猛の足元にも常にあった。
その板から足を踏み外したのは稔の方だと思っていた。
しかし本当の意味で足を踏み外したのは猛の方だった。彼は証言で嘘をついたのだ。
智恵子が吊り橋から落ちたのは不運な事故だった。
彼は兄からすべてを奪ってしまった。自由奔放に生き、兄が手に入れられなかったものをすべて手に入れたはずの彼が。
猛も稔に対してコンプレックスを抱いていたのだろうか。彼の心理は理解しきれなかった。
ラストの出所した稔を猛が追いかけるシーンは印象的だ。
彼は何度も兄の名を呼ぶが、声はなかなか届かない。まるで川の音に消されて届かなかった吊り橋からの声のように。
猛に気づいた稔が見せた笑顔が色々な想像を掻き立てられて切なかった。
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