映画漬廃人伊波興一

東京物語の映画漬廃人伊波興一のレビュー・感想・評価

東京物語(1953年製作の映画)
5.0
『東京物語』はやはりいつもの『東京物語』でしかないのです。

小津安二郎『東京物語』

一見質朴そうに見えて実は性悪な者が結構多い私達映画好きは、相変わらず憎々しげにその映画を睨みつけます。
ですが生まれてから半世紀以上経とうとも『東京物語』はやはりいつもの『東京物語』でしかないのです。

それどころか、この作品の系譜から毎年世界のどこかで豊かな作品が生まれ、天候がよほど不順な年でも備荒作物まで凍害や干害を回避させ続けてきた豊かな土壌でしかありません。
しかも私たちは『東京物語』のおかげで貧しい心に喘ぐ苦味を最小限に抑え、少しばかり気が弱くても他人を赦せる寛容さを育てられてきました。
にもかかわらず私たちが『東京物語』に不満があるのは要するに『東京物語』が、いつまでも豊かな『東京物語』である事に尽きるようです。
そしてその豊かさの魔法の秘密が未だに解明出来ぬまま遅れをとり続けている私たち自身にあるようです。

いくら悪態をつきたくとも、言い掛かりをつけたくとも結局は心が見抜かれ、その小賢しい自分にほとほと嫌気がさした時、縋(すが)ってしまうあのセリフ。
画面の父・笠智衆が泣きじゃくる嫁・原節子に言った(ええんじゃよ、それで。やっぱりあんたはいい人だよ、正直で)