レオピン

歌え!ロレッタ愛のためにのレオピンのレビュー・感想・評価

歌え!ロレッタ愛のために(1980年製作の映画)
4.2
【ボロから富へ】

1976年発表のカントリー歌手ロレッタ・リンの自伝「 Coal Miner's Daughter (炭坑夫の娘)」が原作。

スペイセクはこの時30歳。冒頭の少女時代からみるみる表情を変えていく。小柄な身体に芯の強さを見せた演技で『グロリア』のジーナ・ローランズをおさえ見事オスカー受賞。

石炭を掘るか、酒を売るか、山を下りるか
炭坑以外に何もないケンタッキーの小さな村で生まれ育った少女ロレッタ

除隊したばかりのトミーリーに見初められて13歳でほとんど拉致すれすれの結婚。
決して殴るな、遠くへ連れ出すなという父の約束を早々に破ることになるトミーリー

この夫ドゥーリトルのこうと決めたら何も言わず行動に移す癖。よく言えば行動屋。悪く出れば向こう見ずな性格。これが映画の裏テーマとでも言えるところ。これは死ぬまで治らない。

なんでもオレ流の彼は、夜の生活のためだと言って教則本なんかを読めと言って渡す。
本なんか要らないのよ あなたがもう少し優しくすれば

それでもあっという間に4人のママとなるが、夫はいつも子供を寝かしつける時の彼女の歌声がなんとなく気に入っていた。忘れていた結婚記念日に指輪ではなくギターをプレゼントする。これだけならありふれた話だけど。。

ここから彼の癖が爆発する。自分のいいと思ったことを相談なしに黙ってやる病。
ぶっつけでライブ レコーディング 徹夜してまで彼女の宣材をせっせと作りラジオ局に送りつける。仕事の合間をぬって直接局を訪れひたすら全米のラジオ局に営業をかける。

この猛烈なステージパパぶり。今なら家族を巻き込んでいくYou Tuberみたいなもの。
ドゥーの躊躇のなさとロレッタの素直さが相まって、成功サイクルの速さは増していく。

彼女はいつも自分の意思よりも夫の強引さに引っ張られて生きてきた。彼女の性格というより年齢や生い立ちが大きいのだろう。

だがドゥーはただの亭主関白でもなく、要所ではきちんと彼女の意思を確かめていたのが偉い。父の死の報せに実家に戻ったときも。この先どうするんだという大事な岐路で、ブルドーザーを運転しながら彼女に尋ねる。どうするんだ?
歌手になりたい

エンジン音にかき消されないぐらいの叫び。それは生まれて初めて自分の意思を周りに伝えた瞬間だったのかもしれない。

ここからも速かった。善は急げ。ムラムラにはソーセージだ!言葉の意味はよく分からんが何やら放送コードに引っかかったようだ。チャートで全米14位! チャート何それおいしいの?

下積みの苦労がないことを引け目に感じていたロレッタだが、当たって砕けろのドゥーの教えに従って彼女は人気スターであったパッツィ・クラインの目に止まり更にそこから駆け上っていく。だけどサクセスストーリーは上がっていくまでが楽しいのよ。その分下りは急だから。。

後半戦、ロレッタの成功とは対称的にドゥーは自分の役割を発揮できずに腐っていく。歯車が狂いだした時自分の判断でいったんは身を引く。この決断が出来るのもすごい。彼はなにげに要所での判断を間違えない男だ。さすがはD-デイ参加の生き残り勇士なだけはある。

スペイセクとトミーリーの力関係が逆転していく様。おずおずと歩み始めた人生。気がついたら自分を制御し大勢の人間をしたがえていく人間になっていた。だが暗い予兆は時折おとずれる片頭痛や薬のカプセルにあらわれる。限界を感じ再びドゥーを呼び寄せるロレッタ。

過酷なスケジュールがスターを押し潰す。絶頂期に歌姫が消えていく理由。ついに観衆の前でその擦り切れた姿をさらけ出し舞台を降りる。いつも道を用意してくれた夫に抱きかかえられながら会場を去っていく。

光の裏には影が。凡人には決して分からない孤独。私は〇〇ですと開き直ったとき、再び力を取り戻す。引き返すのも強さ。人々が期待する虚像におし流されるのではなく自分の足場を見失わない。彼女のような本物には下積みなど要らなかった。生まれや環境そのものが下積みだったのだから。

サクセスの後で振り返るのはあの炭坑の村の風景や両親の笑顔。父との早すぎた今生の別れ。貧乏しながらも二人で走り始めた頃、大きな洗濯機がゴトンゴトン暴れているのを蹴飛ばしながらギターの練習をするロレッタは輝いていた。

喧嘩ばかりしていても本当は仲がいい。たまに見かけるそんなカップル。二人の絆に笑顔と元気をもらえます。おすすめです。

⇒ロレッタ・リンは現在90歳でなお健在。15歳で結婚。19歳までに3人の母。最終的には6人の子を産み29歳でおばあちゃん。このスピード感だと正味300歳ぐらいの人生なのかも。知れば知るほど面白い人生。妹も歌手クリスタル・ゲイル。

⇒夫のドゥーの仇名「ムーニー」は密造酒造りからきている。そいや序盤でそんなシーンもあった。

⇒おしどり夫婦映画ベスト級 『タミー・フェイの瞳』(‘21)
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