垂直落下式サミング

おそいひとの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

おそいひと(2004年製作の映画)
3.9
脳性麻痺を患う住田雅清さんが俳優として障害者の殺人犯を演じるというなかなかビックリする作品。
実際に障害をお持ちになった方を単なる被写体としてではなく、役者としてカメラの前に立たせて演技させ、それがドラマとして成立しているところが評価できる所だろう。劇中の連続殺人については、日頃の鬱憤を晴らすかのような住田さんの迫真の演技で見せてしまう。
逆転撮影で車椅子が後ろ向きに進んでいるようにみえる場面は、車椅子だけがこの世界から隔絶されているかのような不思議な場面で、目に焼き付いて忘れられないシーンになってしまった。
障害者の演技を見せることが目的であり、それが作品の意図と一致しているが、そういった作品の姿勢それ事態が見世物的だと評価を下す人もいるだろう。それも尤もな意見だ。
本作には関係のないことだが、今「障害者」という呼び方は、“害”っていう字が差別的で良くないってことで「障碍者」とか「障がい者」っていう風に字を変えて書くそうだ。それはいいのだけど、最近はポリティカルコレクトネスという言葉狩りが過ぎて、世界にパンチがなくなっている。私は汚い事を過度に漂白しようとする風潮に懐疑的。名前や呼び方を変えたら差別は本質的な意味で改善されるの?ってのは些か疑問であるわけで、不謹慎なものを、見せない、教えない、口に出さないと、徹底したら人は健全になるのかといったら答えはNOだと思う。
重視すべきは意識の是正であって、気に入らないものを横へ押し退けて隠蔽することは問題の根本解決には繋がらないのではないか。そんなことしたって、この問題について歯にモノが挟まったような説明しか出来ない大人を増やすだけではないか。表面に浮き上がってくるものだけをすくい上げていては何もかわらない。
たとえ答えの出ない問題であっても、表面化してくる要因だけでなく、深く底に沈んだものに目を向けることこそ、何かを理解しようと物事に向き合う正しい態度だろう。
まぁ、これが問題作だって言われているうちは、私たちの社会はそれほど円熟しきってはいないんだろうなと思う次第。
俺に言わせてもらえば、『野ざらし』は倒語失調症のバカが死ぬ話だし、『ピノキオ』なんて解離障害のジジイが見た幻覚の話だ。
ずっと前からみんな知っているはずなのに、今になって都合が悪くなったことを隠しても仕方ないじゃない。