HAYATO

めがねのHAYATOのレビュー・感想・評価

めがね(2007年製作の映画)
3.7
2024年326本目
スローライフ
『かもめ食堂』のスタッフ・キャストが集結し、南の海辺の小さな町を訪れた女性の旅人と宿の人々の交流を描く癒し系ムービー
南の小島を一人旅で訪れたタエコは、どこか懐かしさを感じさせる一軒宿・ハマダにたどり着く。宿の主人・ユージに迎えられた彼女は、不思議な佇まいの女性・サクラ、高校教師のハルナらとマイペースな人々と接するうち、心を癒やされていく。
『かもめ食堂』の荻上直子が監督・脚本を務め、同作から小林聡美、もたいまさこらが出演するほか、『シン・ゴジラ』の市川実日子、『重力ピエロ』の加瀬亮、『アウトレイジ』シリーズの光石研、『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズの薬師丸ひろ子らが脇を固めた。タイトルに特別な意味はなく、タイトル決定後に登場人物には全員、「めがね」をかけさせることにしたそう。撮影は、鹿児島県与論島で行われた。
本作の最大の特徴は、時間がゆっくりと流れる「スローライフ」を描いている点。忙しない現代社会の喧騒から逃れ、タエコが「携帯電話が通じなさそうな場所に行きたかった」と語るように、彼女は何もない時間を過ごすためにこの町を訪れるが、最初は住人たちのあまりにものんびりとしたライフスタイルに戸惑う。この戸惑いが、現代人の多くが抱く「何もしない時間」に対する不安や落ち着かなさを象徴しているとも言える。
「たそがれる」という言葉には、何もせず、ただ時間が過ぎるのを感じるという意味合いが込められている。本作では、登場人物たちが「たそがれる」シーンが多く登場し、その時間こそが豊かで贅沢なものであることを静かに示唆している。タエコは、この町での生活を通じて少しずつその価値に気づき、最後には完全に溶け込んでいく。何かを成し遂げることではなく、ただ存在することに意味があるというメッセージは非常にシンプルでありながら深いものだ。
海辺の静かな町、空の広がり、そして自然の音を余すことなく捉えた映像は、観る者に抜群のリラックス効果を与える。後に連続テレビ小説『ごちそうさん』を手掛ける飯島奈美さんが手掛けた料理も重要な要素で、美味しそうな食事が登場するシーンは、この町の豊かさと穏やかさを温かく表現している。登場人物が食事をゆっくりと楽しむ様子は、共にその時間を過ごしているような感覚を抱かせ、日常生活の中で見過ごしがちな「食」の喜びを再認識させてくれる。
本作を観ていると、日常から少し離れて自分自身を見つめ直すことができ、心の静寂を取り戻すことができる。感情的な波が激しい映画ではないが、観る者の心にじんわりと染み込み、終わった後には穏やかな感覚を残してくれる。本作を通して得られる静かな解放感は、日常のストレスに対する最高のアンチテーゼであり、心に余裕を取り戻すための「スローライフ」の魅力を再発見させてくれる作品だ。
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