HAYATO

麦秋のHAYATOのレビュー・感想・評価

麦秋(1951年製作の映画)
4.0
2024年427本目
家族の儚さ
巨匠・小津安二郎監督が、独身の娘に気をもむ家族の日常を繊細に綴った人情ドラマ
北鎌倉で暮らす間宮家では、適齢期を過ぎた娘・紀子の結婚問題が大きな議題となっていた。ある時、紀子の上司である佐竹が彼女に縁談を持ちかける。間宮家は皆乗り気になり、当の紀子もまんざらではない様子なのだが…。
出演は、『晩春』の原節子、『東京物語』の笠智衆、『にごりえ』の淡島千景、『秋刀魚の味』の三宅邦子、『近松物語』の菅井一郎、『東京物語』の東山千栄子、『秋刀魚の味』の杉村春子など。『懺悔の刃』以来小津監督と繋がりを深めた野田高梧が、小津監督と共同で脚本を担当した。
小津監督作品において、原節子が「紀子」という名の役(同一人物ではない)を3作品にわたって演じた、いわゆる「紀子三部作」の2本目にあたる作品。タイトルの「麦秋」とは、麦の収穫期で季節的には初夏に当たる時期を指す。
小津安二郎監督の代表的な作品である本作は、結婚を軸にしたホームドラマの様式をさらに深化させた一作。小津監督が特徴的に用いるローアングルの固定カメラと、日常生活の機微を丁寧に描写する演出が冴え渡り、静かな感動を生む作品として国内外で高い評価を受けている。
本作では、結婚が家族の幸福をもたらす明るいイベントとして描かれるのではなく、それがもたらす変化や喪失感に焦点が当てられている。結婚話が具体化する前の家族の生活が「今が一番良い時」と表現されるのに対し、その幸福が結婚という出来事を契機に崩れ去る様子は、観る者に強い感慨を与える。残された両親が花嫁行列を見つめるラストシーンは、喜び以上に切なさを強く感じさせ、小津監督が結婚というテーマを通じて家族の儚さや時の移ろいを表現していることを象徴している。
主人公・紀子を演じる原節子さんは、本作でも彼女の代名詞とも言える「永遠の処女」としての神秘的な存在感を発揮している。適齢期を過ぎても結婚に興味を示さない紀子は、家族や周囲の期待を軽やかにかわしながら独身生活を謳歌している。しかしその一方で、彼女の微笑みには何かを抑圧しているような影が垣間見え、彼女の内面の複雑さを想像させる。最終的に紀子が兄の同僚・矢部との結婚を受け入れる決断には、家族への配慮と自己犠牲が入り混じっており、観客に多様な解釈を促す。
本作は、結婚や家族の物語を綴る一方で、日常的なユーモアを織り交ぜており、重いテーマを程よく和らげている。紀子が兄夫婦の家でケーキを食べている際、子供が寝ぼけて起きてきて慌ててケーキを隠すシーンなど、軽妙な笑いを提供することで作品全体の明るさを支えている。
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