イルーナ

ビッグ・フィッシュのイルーナのネタバレレビュー・内容・結末

ビッグ・フィッシュ(2003年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

ついに私のレビューはこれにて200本目を迎えました。
そして、ティム・バートン監督作品マラソンもこれで最後。
そのトリを飾るのは……この『ビッグ・フィッシュ』。
高校の時に観て、本格的にバートン作品にハマることになった記念すべき作品であると同時に、「死というものをこんなに美しく昇華できるのか!」と衝撃を受けました。
一緒に観た父はあまり期待してなかったみたいでしたが、これまた大満足した様子でした。
そのため私にとっては最も特別な作品の一つ。作品のテーマ的にも、マラソンの最後を飾るのにふさわしいでしょう。

一方バートンにとって、本作は「父親の死」と「子供の誕生」という、人生の一大イベントが立て続けに起こった時期に作られた作品。
彼らしいテイストは残しつつも、それまでのはぐれ者たちの嘆き節や恨み節、極端なまでの開き直りは鳴りを潜め、まるで春の日だまりのような暖かさや優しさに満ちています。
両親とそりが合わず、12~16歳の時は祖母の元で暮らしていたというバートン。「自分の両親を人間だとまるで見なしていなかった」とまで言い切るほどですから相当ですよ。
それが、父を喪って心から大きな悲しみを感じている……そこに届けられたのは、死を間近に控えた父親と、その人生の背景を理解しようとする息子の物語の脚本。
タイミングがドンピシャすぎて運命的なものを感じずにはいられない。
調べたら、父上は元プロ野球選手で、社交的な性格で誰からも愛されたという。
……息子と性格があまりにも真逆すぎてビビる。日本には両親に似てない子を指す「鬼っ子」という言葉がありますが、バートンもその類だったんでしょうか。
(ちなみに「鬼っ子」には「歯が生えた状態で生まれた子」という意味もあるのですが、バートンも歯にまつわるエピソードが多い……ディズニーのアニメーター時代に自分で親知らずを抜いたとか、歯列矯正機のトラウマがウォンカのモデルになったとか。流石に生まれつき歯が生えてたかどうかは分かりませんけど)
きっと愛されてなかった訳ではなくて、感性が根本的に違いすぎてお互いどう接していいのか分からなかったんだろうなぁ……
だけど、喪う痛みを知って、悲しみだけでなく愛された記憶も目覚めた。そして本作の公開直前に初めての子供を授かった。
悲しみから喜びへ。甦る愛、芽生える愛。
普段闇や混沌の世界にいるバートンですが……その分真逆の「光」に転じた時、それはそれは凄い輝きを発する。

結婚指輪を使って、泥棒の化身だという大魚を釣り上げた話。さらにその魚が雌だったことが明らかになり、運命の女性に例える。
しかし父エドワードのホラ話を子供の頃から耳にタコができるほど聞かされている息子ウィルは、結婚式でも聞かされたことでうんざりして飛び出し、以降ずっと疎遠になってしまった。
ある日、父の容体が悪化したことを告げられたウィルは、何とか父の真実を知ろうとするが……

父の死が迫り、どこか張り詰めた雰囲気の現代パート。そこに重なる、天性の語り部エドワードの物語。
魔女に自分の死にざまを教えてもらった話。自分の未来を知っているということは、「自分はこういう死に方はしないから」と、どんな試練でも恐れることなく立ち向かえるということ。
町の食料を食い荒らしていた巨人に「この町は君には小さすぎる」と教え、旅の道連れとする話。原作では畑仕事を教わって大農家になったという顛末ですが、映画では広い世界に旅立ち、サーカスに入る。
運命の人と出会って、時が止まる演出。そして最大限の愛情を伝える、黄色い水仙の花畑。
朝鮮戦争から地球を半周して戻ってきた話。その間、行方不明として死亡届も送られていた。
どれもこれも、どこまでも荒唐無稽なものばかり。実際、ウィルもただの作り話としか思っていなかった。
今観直して思うけど、家族の自慢話や苦労話って子供からすると「知ったこっちゃない」なんですよ。
それを何べんも何べんも一方的に聞かされるから、「もうよしてくれ!」ってなる気持ち、分かる。基本的に事実かどうか確かめようもないし……

しかし、死亡届や父名義の信託証書が本当に見つかったことがきっかけで、ようやく真実が見え始める。
「尾ひれをつける」という言葉がある通り、ホラ話にはそれを元にした実体験が隠されていた。
……つまり本作は、「物語は何のために存在するのか?」を問い直す作品。
かかりつけのベネット先生が語った通り、それは平凡な事実に色どりを与え、輝かせてくれる。
一方で、自分が幸せをつかむことで不幸になる人もいる。現実の残酷さを知るからこそ、物語が必要になってくる。
だからと言って、ありのままの真実を否定するわけでもない。このバランス感覚が素晴らしい。
水の張られたバスタブで両親が抱擁するシーン、美しいよ……水は全てを包み込む愛の象徴。そして「生まれ変わり」も示唆する。

クライマックスでは、ついに父から子へ語り部としての役目が受け継がれる。
今までの人生で出会ってきた人たちが勢揃いして川へとお見送り。そして父は「大きな魚=物語そのもの」へと生まれ変わる。
もう、こんなに「死」を美しく、温かく包み込んだ話は知らん!今観ると涙が止まらないよ……
実際の葬儀では父の出会った人たちが、ちょっとスケールダウンして現れる。やはりホラ話の根元には真実があった。
そして皆、彼の思い出を楽しそうに語っている……父のホラ話は、人を幸せにするためにあったもの。それだけ多くの人が彼に救われた。もう切ないはずなのにあふれる多幸感のせいで情緒がグチャグチャだよ……
結構前に私自身も父を亡くしたのですが、臨終の時思わず本作のCMに使われた「いい人生だったね」の言葉がこぼれたことを思い出した。
「大切な人を喪っても物語や心の中に生き続け、その思い出が道を指し示す」このタイプの物語に弱くなったのは、間違いなく本作の影響が大きい。

「こいつは無理してでも絶対に観なきゃ」と思った作品は尽く人格形成に影響を与えるレベルの作品ばかりなのですが、本作もその一つ。
バートン作品という括りだけでなく、私が今まで観た中でも別格。そうはっきり言える作品です。

アニヲタwikiにまとめた記事
https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/53273.html
イルーナ

イルーナ