拘泥

泥の河の拘泥のレビュー・感想・評価

泥の河(1981年製作の映画)
5.0
本当に勝手な感覚というか主観として,私は80年代の真ん中までが通時的共時的集積としての邦画の区切りで,そこで邦画は死んだと思っているところがある.映画史的にも多少の符号はあろう.
さて,その感覚から言って,コレは完璧な邦画の形をしている.死ぬ前の最後に輝いた本物の邦画の断末魔.稀有な音楽,稀有な編集,稀有な撮影,稀有な役者で語られる愛と性と死.孤独.全編通して全身が痺れる様な不思議な気分で涙が出る.
神武景気,もはや戦後ではない.「生き残り」を殺した馬車,「生き残り」を食い殺すお化けの鯉,それらを通じて知り合った二人の父親は,これもまた死んだ「生き残り」と,死んでいない「生き残り」だ.死者との間には,河という境界線がある.船と家の間.泥の河,地と河の更に間,それが溶け合う場所.分かり合えるようで決して分かり合えない無垢な魂は,無垢故に惹かれ合い,無垢故に離れて行く.あまりにも矮小で巨大な悲劇から披露された宝物を契機に,それは白日に晒される.余りにも悲しい.麗しき郭船の加賀まりこ,彼女の足に性を感じてしまったことへのあの子の冷徹な視線.米以外から与えられる暖かさを拒むあの子の着飾ること,豊かさへの遠慮は「己が売春へ参入する」ということへの恐怖と軽蔑だ.夜にそこへ行ってはならない.夜をトーチで覗いてはならない.夜には死と性がいる.お前は何故そこで生きられる?生きねばならぬ?そんな涙が鯉に降る.生きる事生き残る事の罪悪.絶対に出てこないことが分かっているが故の、頼むから出て来てくれという思い.父の愛,母の愛,いつか死ぬ時が来る.
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