不在

風が吹くままの不在のレビュー・感想・評価

風が吹くまま(1999年製作の映画)
4.6
前作にあたる『桜桃の味』は、自身の死を望む男がどういった形でそれを叶えるのかを気長に見守るような作品だったが、本作では首都から遠く離れた村で、とある老婆に訪れる死を待つことになる。
しかもその集落では人が死んだ際に、何か変わった儀式を執り行うそうだ。
『桜桃の味』でもそうだったが、キアロスタミは魅力的な紹介文で我々を惹きつけておいて、一向にそれを見せる気配がない。
つまり、老婆はいつまで経っても死なないのだ。
その儀式を取材しに来ている主人公は何処にでもいるような善人だが、上司からの催促を毎日受けている内に、心のどこかで老婆の死を望むようになる。
彼に感情移入している観客にも、例の儀式が気になる、早く見せてくれという気持ちが徐々に湧いてくるのだ。
これこそがキアロスタミの狙いであり、それを理解した上で彼は観客に問いかける。
君達はそんな訳の分からない儀式を、一人の人間を殺してまで本当に見たいのか。
それよりも見るべき大事なものがあるのではないか、と。

『桜桃の味』では、観客が見たいと願う死という現象について、観客自身に徹底的に考えさせる作りになっていた。
キアロスタミは、人の死を見て安易に感動したがる観客を裁こうとしたのだ。
しかし本作はそこから一歩進んで、人が生きる姿そのものを映し出している。
主人公の男は人の死という悲劇ではなく、美しさや逞しさを備えた生の喜劇を収めるためにカメラのシャッターを切る。
キアロスタミも常に彼と同じものを撮り続けているのだ。
不在

不在