一人旅

ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだの一人旅のレビュー・感想・評価

5.0
第47回ヴェネチア国際映画祭金獅子賞。
トム・ストッパード監督作。

デンマーク王と王子ハムレットに翻弄され、不遇な末路を辿るローゼンクランツとギルデンスターンの姿を描いたドラマ。

ご存知シェイクスピアの悲劇『ハムレット』に登場する脇役中の脇役、ローゼンクランツとギルデンスターンを主役に据えた舞台劇風の異色ドラマで、イギリスの劇作家トム・ストッパード原作の戯曲『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』を、ストッパード自らが脚本・監督した傑作。

『ハムレット』は、父王を毒殺し母を奪い王位を継承した叔父に対する王子ハムレットの復讐劇。ローゼンクランツとギルデンスターンとは、叔父王に依頼され、乱心したハムレットの監視役を務めた人物(脇役)で、原作『ハムレット』の中では大して活躍することもなくあっさり死ぬ運命にある。タイトルの『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』は、原作の中のセリフのひとつをそのまま引用したもの。『ハムレット』では何の存在感もなく捨て駒のように殺される二人の脇役を、本作ではあえて主役として取り上げ、愛憎渦巻くハムレットの物語の中で一体二人の身に何が起こったのか...に迫る-“新翻案ハムレット”的発想がとてもユニーク。

主役はローゼンクランツ(ゲイリー・オールドマン)とギルデンスターン(ティム・ロス)であり、本作において王子ハムレットは脇役に過ぎない。ハムレットと叔父王の対立や母親との密会を描いた場面も、あくまでローゼンクランツとギルデンスターンが舞台袖から盗み見するというかたちを取っている。『ハムレット』における本来の主役と脇役が立場を逆転し、脇役の目線で主役とその物語を眺めるという視点の転換が独創的で、芸術的。聞き慣れた『ハムレット』の物語だが、脇役を主人公にすることで物語に驚異的な広がりを見せる。

笑いを誘う小ネタも満載。冒頭、ローゼンクランツがいくらコインを投げても、その全てが“表”になってしまう不思議。コインが表を示すことがあらかじめ決められているように、ローゼンクランツとギルデンスターンの運命も既に決められていることを仄めかす場面である。
他にも、事態の詳細を全く把握できないまま、意味もなく城の中で時間を潰している時に、物理に関する思わぬ発見をしそうになる。ただ、物理の新法則を発見しそうになるだけで、あと一歩のところでハプニングに襲われうやむやになる可笑しみ。もう少しで世紀の大発見だったのに...。
最も可笑しいのは、『ハムレット』における最大の名セリフ「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ(To be or not to be,that is the question.)」の“生きるべきか、死ぬべきか”の部分を主人公が聞き漏らした結果、“それが問題だ”しか聞こえてこない場面。“それが問題だ”だけでは全く意味が分からない。
また、芸人一座が披露する劇がハムレットの物語に沿っているのがユニークで、まるでこの後起こる全ての出来事を予見したような“未来劇”風の劇中劇が展開される。

『ハムレット』における決められた役割(叔父王に王子ハムレットの監視を依頼され、その後イギリスに追放され、最後はハムレットの策略に引っかかり死ぬ)に無意識の内に従わざるを得ないローゼンクランツとギルデンスターンの余りにも無力で、気の毒で、あっけない生涯を、不条理性と非現実性に満ちた映像・演出とともに綴った摩訶不思議な逸品。作品全体から漂う、運命論的な匂いも魅力的である。
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