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喜劇 男の子守唄のIMAOのネタバレレビュー・内容・結末

喜劇 男の子守唄(1972年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

映画は1970年代の東京の姿を映し出すところから始まる。高層ビル群、高速道路、買い物をする人々など。その中で養子の息子とともにチンドン屋稼業を営む福田清造(フランキー堺)がいる。かつて闇市で仲間だった友人はスーパーマーケットの社長となり時代の波に乗っていて、彼から小な仕事をもらってはいるが、福田は時代に取り残されたような気分を拭い去れないでいる。そんな時に、そのスーパーマーケットを仲間たちと買取り、新たな事業を始めようとするチャンスが舞い込んで来るのだが…
前田陽一は明らかに戦中派で、かつての戦争体験を経た日本の姿に疑問を持っていたのだろう。その思いは多分、この時代の人々の共通の思いだったはずだ。戦争からわずか20数年で、日本は先進国と肩を並べようとしていた。だがその一方で公害や、交通事故など、高度経済成長の負の余波がひたひたと迫り、効率主義、経済優先主義に追いつけない人々が多かったはずだ。そうした市井の人々の姿を前田は決して高みから語るのではなく、コメディーという隠れ蓑を纏って表現した。今、こうゆう手法がだんだん絶えている様な気がする。
ラスト、全てが燃えてしまうが、「あの時と同じだ」とつぶやく男達の姿に少し救われたりもした。
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