映像観し者

エル・クランの映像観し者のレビュー・感想・評価

エル・クラン(2015年製作の映画)
3.0
配信で鑑賞。
ここ何年か翻訳小説界隈でアルゼンチン文学が話題になっており、それらを読んだ流れで本作を鑑賞。
軍事政権下のアルゼンチンでは治安維持を名目に多くの市民が拉致され、政治犯の子供や収容施設で生まれた幼児は軍人等の養子にされた。また政情不安定な時期には人身売買組織による誘拐も横行していた。現在もその影響は残り続けている。という『アルゼンチンと誘拐』という前提を知らなくてもわかるように序盤のスピーチを入れているのだろうけれど、日本人の観客からはなんだかわからんと言われても無理はないかと思う。

日常と地続きの誘拐は時にシュールな場面を作りつつ、平然とその中を生きる夫婦の異常性と、それを戸惑いながら受け入れてしまう家族のおぞましさを際立たせる。
軍事政権崩壊で英雄が犯罪者になる(そもそもその英雄判定がクソ)時代によって価値観を否定された父の凍り付いた目が恐ろしい。彼が家族を従わせたいのは、国に逆らえない軍人の最後に残された場所が家庭だけだからだ。絶対の家長にとって敗北はできないことで、そこで徐々に息ができなくなる息子アレックスも、逃げ出す弟を見送りつつ留まる道を選んでしまう。

淡々と進むドラマが希薄に見えるが、明示される父の背景と情勢、息を詰まらせながらもスポーツの結果に歓喜するアレックスの歪んだ幼さ、そんなものを追いかけると十分に分厚いドラマだと思う。また、ラストの最悪っぷりはそこまでの静けさあってこそ。「私が一番の被害者」はたぶん本心なんだろうと思うし、そこに至る物語を考えるとおぞましさが増す。
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