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緋色の街/スカーレット・ストリートのTnTのネタバレレビュー・内容・結末

3.7

このレビューはネタバレを含みます

 なんとまぁ悲劇的なことやら。そして展開が二転三転と止めどない!不安は解決されないままに更なる不安がのし掛かって…。そしてその不安を一挙に解決する時、やっと晴れた心かと思いきや、むしろ生涯抱え続けなければならない問題となってしまうのだった。ちなみに、「袋小路」と同じくまた中年危機映画でした笑。

 今作に関しては、中年の危機に内在する愚かさが「袋小路」のように自覚的でなく、常に被害者として描かれている節があった。もちろん明らかな悪役も出てくるが、それはクリスの被害者的側面を強めるためにあるような、二次的なものに感じてしまった。孤独に耐えられずテキトーに結婚して、妻には前夫と比較され、満足しなくて若い子助けたついでに言い寄って…と、文字起こしすると「袋小路」に近い醜悪な中年像が立ち上がってくるも、映像はそれを良くも悪くもカバーしてしまっている。40年代という時代背景がその要因だろうな(とはいえ着実に映画はそうした無自覚さに気づいていく)。主人公の絶妙な無垢顔がまたその悪い印象を消している(黒澤の「白痴」の主人公にも類似性があるような)。

 中年の出納係クリスと若い娼婦キティ。そもそもまず価値観が全くあわない。会話の節々で、お互いが意図した発言が、相手に別な解釈で噛み砕かれてしまうという。この二人が一緒になれないのなんて目に見えてるわけで、あとはその先に見えるうっすらとした崩壊を、観客は待ち望むまでなのだ。そこで、お互いがお互いの背景を知らないことから身分を偽る。ここはマッチングアプリ流行の現代においてもわりと通用するサスペンスだなぁと思った。そしてその嘘が架空の一人の人物を生み出すという奇妙さ!クリスの有名画家になりたい欲求と、キティの女優になりたい欲求は、両方叶うのだ。クリスが言う「これで一つになれた」みたいな台詞には性的な暗喩さえあり居心地が悪いが、興味深いとも思えた。そして、あえなくお互いの欲求が達成されたのと裏腹に一人は死に、一人は廃人の道を歩むことになる。こうみるとエロスとタナトスの比喩としての物語だったのかなと思えて、誰かの善悪を問う以上の人間の本質についての映画だったんじゃと思えた。この映画を精神分析とかで分析したら面白いと思う、それこそ有害な男性性に無自覚だからこそ無意識の欲求が潜んでいるだろうから。

 クリスが人を殺すことは、妻との食卓シーンでナイフを持つあの姿で若干匂わせている。その後のアイスピックの伏線もかなり匂わせだったし。そして、殺すシーンのカットを割らない、ど直球に殺人する衝撃が目に焼きつく。そして怖いのは、そこにカタルシスを見出してしまった点だ。
 とはいえ、それで終わらせないのがラングだ。ジョニーを犯人に仕立て上げ死刑にまで追い込み、悠々自適というような表情を浮かべたのもつかの間、幻聴が彼を襲う。彼らの嘘を見たあの時の音声が、彼に纏わりつく。消えたのは人物だけで、彼らの行為は消せないまま、むしろ彼について回るのだった。そして彼はホームレスになりました。彼女は絵となりました。この対比から言えば、絵になった彼女の方は人の一生を超えて残り続けるので、勝利したともいえるかも。ただ、あのクリスの背中には同情を寄せ付ける演出があったけれど。

 虚構を生み出して、人々は死んだり路頭に迷うという物語は、映画という虚構に従事した人々の末路というメタテーマとも取れなくもない。というか、ほんとに「バビロン」以降どの映画も映画史への問いかけがあるんじゃないかという考えが頭を覆っている。
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