オトマイム

愛に関する短いフィルムのオトマイムのレビュー・感想・評価

愛に関する短いフィルム(1988年製作の映画)
4.6
大勢の中でなぜか1人だけ視界に入ってきてしまう事がある。無意識に見てしまうことは人を好きになる始まり。目で追ううちに言葉を交わしたい、接触したいと思うようになる。そしてその欲求は決して最初から即物的な性愛ではない(おそらく殆どの場合は)

本作のトメクの‘愛’の始まり方はそれとは異なる。始まりが興味本位で始めた覗きだから。ある人を覗いて頻繁に見つめている内に好きになる。愛していると思うようになる。大勢の中から無意識にひとりを選び出すことが愛ならば、誰かを意識的に凝視することで生まれるのも愛なのだろう。

女「何故見ていたの」
トメク「愛してるから」

これは全く逆の会話も成り立つはず。

「なぜ愛するの」
「見ていたから」

葉隠の恋のようだ。恋い焦がれる気持ちを抑えてただ見つめる。トメクは何度も幼稚ないたずらで接触しようとするので厳密には葉隠の恋ではないが、その想いを秘めながら一年間も見つめ続けている。彼は未経験ながら潜在的に知っているのではないか、単なる肉体の結びつきが愛を終わらせてしまうことを。自分の純粋な愛が薄汚れてしまうことを。‘愛’を‘愛と感じられる大切なもの’と置き換えてもいい。

女の部屋での一件を境に視点が変わる。女がトメクを見つめる(探す)ようになる。トメクの視線はそれ以降描かれない。ここに他の覗き映画と異なる面白さがあり何ともいえない切なさがある。

覆水盆に帰らず。だから牛乳瓶を倒して牛乳がテーブルに流れてしまうと涙が溢れるのだ。


* * * * *


本作はTV作品『デカローグ』第6話の映画版(尺は1.5倍)であるが、ラストシーンが異なっている。本質的には同じだと思うけれど、映画版のラストの素晴らしさは感動的です*:.。.*