ろくすそるす

ザ・バニシング-消失-のろくすそるすのネタバレレビュー・内容・結末

ザ・バニシング-消失-(1988年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

 後味の悪い静謐な映画。仲の良いカップルがドライブ中にパーキングエリアに寄る。ところが事件はここで起こる。彼女がトイレにゆく少しの間に、突然失踪してしまうのである。しかも、そこには何の痕跡も手がかりも残されていないのだ。

 現実と「恐ろしい世界」が地続きになっているような居心地の悪さは、どこかアントニオーニの『欲望』のあの写真を思い出す。真緑な芝のある閑静な公園の写真を拡大すると恐ろしい殺人現場が隠れているように、一件何の変哲もないパーキングにも、入念に誘拐を計画している凶悪な知能犯が潜んでいるかもしれないのである。

 それから数年後、彼はまだ彼女を必死に探している。そこに犯人を名乗る男から一通の手紙が届く。彼は真実が知りたい。
 かねてから君には興味を抱いていたと彼に親しげに迫ってくるレモンというフランス人の男。犯人に対して、はじめは激しい怒りをぶつけるものの次第に「真実を知る者=犯人」と知らない者との間で奇妙な上下関係とも言うべきものが形成されてゆく。やがて、犯人は自分の素性と何故彼女を誘拐したのかを語り始める。
 彼は平坦な人生から「逸脱」を求めていた男であった。教師を職業としており、愛する妻と娘に囲まれて生活をしている平凡などこにでもいる人の良さそうな男。だが、彼は腕を骨折した男を装って、女を誘拐するために涙ぐましいほどの努力と実践を重ねていた。そして、偶然そこを通りかかった親切な彼女が協力したがために、彼の毒牙にかかることになる。結果が分かっていても、なおハラハラさせる展開の巧さが光る。
 しかし結局彼女はどうなったのか。レモンは核心に触れない。ここで男は急に条件を出す。
 真実が知りたくないのか?さもなくば、この睡眠薬入りの水を飲め。さすれば、君も彼女と同じ状況にして分からせてやる。だが断れば全て迷宮入りだと、理詰めで脅してくる犯人。非常に冷静で淡々と言う犯人の冷ややかさは逆に内に秘めた狂気を感じさせられる。そして彼もまた真実という名の甘い蜜に誘われて、はめられてしまう。

 次のカットで闇のなかにいる主人公。ライターをつけるとそこは狭苦しい棺桶の中。後に『キル・ビル』でユマ・サーマンが閉じこめられる場面を思い出すが、息苦しい絶望の中でこの映画は終わってしまう。
 鑑賞直後にこれは傑作だと不思議と思わなかった。後味の悪い終わり方だからかもしれない。だがしばらくした後に、あのラストの雰囲気が脳裏に戻ってくる。
 どこか、シンプルながらじわじわと味がやってくるスルメのような映画だと感じた。

 ただ、主人公の彼は新たな恋人がいるのにも関わらず、知能犯の姦計にかかってしまうのは流石にもう少し考えろよ、と画面に叫びたくなるほど、迂闊すぎるのではあるまいか。あの顎髭メガネの恐ろしい知能犯の手口が憎い!