幽斎

ザ・バニシング-消失-の幽斎のレビュー・感想・評価

ザ・バニシング-消失-(1988年製作の映画)
5.0
恒例のシリーズ時系列
1988年 5.0 SPOORLOOS (米)THE VANISHING 消失 本作
1993年 4.0 THE VANISHING失踪 リメイク

オランダを代表する推理作家Tim Krabbéの「Het Gouden Ei」日本語訳「金の卵」が原作。心理学を専攻した経験を活かしたスリラーが得意で次作「洞窟」も海外で高い評価を得て、映画化された。3作目「マダム.20」はオランダの年間最優秀賞に選ばれた傑作。どの作品も緻密なストーリーテリングと、意表を点く結末が特徴、中でも後味の悪いラストは独特の余韻を残す。何れも日本版がリリース済。原作は随分前に読了してます。1988年幽斎的ベストムービー受賞作品。

日本ではリメイク版が先に来たが「失踪」もサイコ・スリラーとして合格点。私は小説から入ってるので、オチが分った上で観たが、本作とは違うラストに改変されてる。如何にも当時のハリウッドらしい結末で、悪くは無い。原作と同じく静かな佇まいで進むミステリーで、狂気が水辺の波紋の様に広がる様は一見の価値あり。原作者は「失踪」の改変については否定的。やはり、オリジナルを観るしかない。

配給会社アンプラグドの尽力で2019年4月に本邦初の劇場公開が実現。残念ながら京都のミニシアター出町座の上映を仕事の都合で見逃して、東京のアップリンク吉祥寺へ遠征して、ようやく鑑賞。バウスシアターが閉館した時は残念だったが、上手く根付いてる様で嬉しかった。東口の吉祥寺オデヲンも元気そうで何より。

手持ちの小説がAmazonで高騰しており、気軽に原作もお薦めとは言い難いが、フランス人George Sluizer監督と原作者は、相当スクリプトの見直しで揉めた事は読めば分るし、米国サイトの情報では意見が合わず、映画化の権利を監督が勝手に買い付け、脚本を手直しして係争問題に発展。映画は原作よりも犯人の人物像の深意を時間を割いて表現。大きな違いは、主人公と犯人が直接対決してる事、これは原作には無いスクリプトです。

宣伝文句の「スタンリー・キューブリックが3回鑑賞し最も恐ろしい映画と絶賛」。眉唾と思い調べて見ると、Stanley Kubrick監督が自分が創った「シャイニング」と比較して、Sluizer監督と「撮影方法について語り合った」のが事実。リアリストのKubrickが他者を公の場で褒める訳が無い(笑)。

「何も起きない糞映画」と、お褒めの言葉を頂戴するレビューも有るが、ある意味正しい。フランスの推理小説がそうで有る様に、早い段階で犯人を明かしてる事で分る様に、ハリウッド的な起承転結は存在しない。序盤でガス欠でトンネルを進むと現れる彼女。とても印象的なシーンですが、同時に失踪後に「前に進めば彼女に会える」と主人公と観客を同化させるミスリードは実にトリッキー。事前に蜘蛛を用意し家族に大声を出させ、隣人に聞こえたか確認するシーンで、彼女がどうなったか、それだけで暗示させる演出も見事。ドライブインでトレーラーが主人公の前を通り過ぎるのも意味深なシーン。

主人公は3年経っても捜索を続ける傍らで、しっかり新しい彼女を作り、一体何が不満なんだと、主人公が執着に過ぎる異常者にすら見える。辿り着いた結末を観れば、決して犯人の思う壺では無い。全ての選択種が最悪のルートを辿って、あの結末に至って無い事が、恐ろしい。結果だけを見れば、主人公が希望した答えは得られたので、ある意味ハッピーエンドと解釈出来るのが2度恐ろしい。

犯人は反社会性パーソナリティ障害と告白するが、本物のサイコパスは自分の事をサイコパスとは思ってない。それに他者に不感症な行動しか出来ないサイコパスは、人助けなどしない。「意味の無い事をやる」理由なき動機ほど怖いものは無い。30年前の本作の設定は、その後のサイコ・スリラーのメルクマール。見た目は極めて普通の社会人で殺人願望や性的倒錯、虐待志向も無い。だからこそ恐ろしい。更に怖いのは、被害者は「犯人にすら看取られる事無く」死んでいく、こんな恐怖と絶望は他には無い。映画史に残る究極の間接殺人と言える。

スリラー目線で言えば、自分の正しさの証明の為に人を殺す、と言う動機は現代では成立し難いが、今でも通用するプロットが有る。それは「正しい選択とは何か?」。冒頭で高速道路をそのまま走れば事件は無い。途中のGSで寄れば、あのドライブインに行かずに済んだ。一緒に買い物に行けば事件は起きない。主人公は、この無限ループとも言える自問自答を3年も繰り返してた。果たして、突然犯人が現れて冷静に物事が考えられるだろうか?。私なら発狂しますね。

犯人が提示する「最善と思える選択」と「最悪と思える選択」の違い。人は「知りたい」と言う欲求が最も強いと、キリストの時代から言われてる。その欲求は冷静さを失わせ、不合理を超越した欲望に変わる。自分があのコーヒーを飲む選択をするのか。真相を知らず残りの人生を生きるのか。それとも、彼女が辿った運命を見定めるのか。貴方なら、どうするだろう?。

色褪せる事の無い、サイコ・スリラーの金字塔。完璧に親和性の取れた美しいラストは、きっと貴方の記憶に刻まれるだろう。
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