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ヒッチコックのゆすりのSariのレビュー・感想・評価

ヒッチコックのゆすり(1929年製作の映画)
3.5
アルフレッド・ヒッチコックの不動の名声を築き上げた作品。ヒッチコックの映画監督としてのキャリアにとって重要な転機となった初のトーキー映画。

1928年にチャールズ・ベネットが発表した同名の戯曲を下敷きに、口論の末にアパートに迷い込んでしまった女性アリス・ホワイトが自衛のために画家を刺殺し、その後の逃避行が描かれる。

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様々な技法を用いており、後のヒッチコック作品で使われる描写の原点が見られる。

揺れるカーテンで隠された殺害シーン、アリスが家族との朝食シーンで「ナイフ」という言葉に恐怖を感じ、パン切りナイフを見てパニックを起こす場面は、彼女のトラウマを繊細に表現している。

本作は当初、サイレント映画として制作される予定であったが、途中でトーキーへと変更された。この大胆な変更にはプロデューサーの資金援助が惜しみなく注がれ、それだけヒッチコックの才能が特別なものであることを窺わせる。ヒッチコックは前衛的な要素と大衆性を巧みに融合させることに成功し、鋭敏な心理描写のあるメロドラマには有効ではないとされていた手法が、彼の手にかかればスリルと刺激に満ちた作品となった。

それは、他の映画監督たちはトーキー映画においてすべての台詞を録音しようと努力していたが、ヒッチコックは異なるアプローチを取る。朝食シーンでは、録音された音声に手を加え、ただひとつのキーワードだけを際立たせるために会話のほとんどを聞き取れなくした。これによってトーキーの新たな可能性が示され、ヒッチコックの才能がさらに深化した。

主演のアニー・オンドラはチェコ人で英語力に問題があったが、ヒッチコックは彼女を起用したかった為、吹き替えを試みた。ジョーン・バリーの読む台詞に合わせてオンドラが演技をするという珍しい手法により、見事な合成シーンが実現した。この手法は後にほとんど使われることはなかったが、オンドラの若々しく魅力的な姿が「罪なき殺人者」としての同情を呼び起こす一方で、卑劣な脅迫者は完全な悪役として描かれている。
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