佐藤でした

映画と恋とウディ・アレンの佐藤でしたのレビュー・感想・評価

映画と恋とウディ・アレン(2011年製作の映画)
4.5
これはこれはファンにはたまらない
超秘密主義ウディ・アレン
珠玉のドキュメンタリー。
完全版193分、3時間超とか鼻血出る
実際に出たのは目から鱗と涙だったけれど。
デビュー作から46年分
一個一個ご丁寧に
ご本人や俳優さんや裏方さんが
出たり入ったりして
坦々と解説and回想するわけだけど
さすがに長いわ3時間!
の、ウディ・アレン珠玉の
大ドキュメンタリーです。


彼の作風を得意げに語れるほど詳しくもなければ、理解が深いわけでも全然ないんだけど、
他のどこにも行ったことが無いわたしが
ニューヨークまで飛んでみたのは
“ウディ・アレンの街”が見たかったから。
ブルックリンのずっと下
メトロに乗っても1時間かかる
遊園地コニーアイランド
作中にたまに出てくるその場所の
ベンチに座ってみたりした。
近くには砂糖の塊みたいな駄菓子屋さんもあって
これのことかと
人目をはばからずニヤニヤしたものです。


17歳から新聞でコラムを書き始め
ラジオ番組のジョークライター
舞台の脚本を書き
今度は自らステージに立って
スタンダップから
テレビ番組
そして映画界へ進出した。

デビュー作の子猫チャンは1965年。
フィルムを切ってテープで貼り付ける時代からクリック1つのこんにちに至るまで、休むことなく映画を作り続けている。

こうなると、人物そのものが文化、だ。

クラリネット演奏も彼の歴史を語るには欠かせない。15才のとき始めたクラリネットは、現在(2011年当時)でも様々なキャパのクラブで演奏しているという。
みんながウディのことを見つめる中、彼はただガムシャラに、赤らめた顔を下げて懸命に演奏していた。

つまり彼は、ペンを武器に軽快なジョークを飛ばすだけのインテリ文化人ではなく、身体性を伴う「音楽」を常に続けて来た1人の「プレイヤー」なのだ。
彼の作品に「頭」だけではきっと生まれない「リズム」や「メロディライン」があるのはそのせいか、と合点がいった。

人前に立つのが苦しくてたまらなかった時代の事や、今でもオーディションするのが大の苦手である事、依頼する俳優への台本は手渡しである事など、ここには興味深い事実がぎゅっと詰まっている。

あと、何より俳優たちがこれほどまでに、彼からの出演依頼(もしくはオーディションの合格)を喜び、自らにプレッシャーをかけて「彼に褒められたい」と願っているとは、今まで知る由もなかった。

“世界中が(ウディ・アレンに)アイ・ラブ・ユー”。そんなところ。
佐藤でした

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